史跡

2013年08月22日

   一昨日の明日香村作戦で今回の帰省での古墳ツアーは終了のつもりだったのですが、親父が向日市にある古墳に連れってやるというので、素直に言う事を聞いて見に行く事にしました。
   向日市というのは、自分の実家がある長岡京市の上(つまり北)にある街で、昔から「向日町(むこうまち)」と呼んでました。ついでに言うと、長岡京市はもともとは「長岡町(ながおかちょう)」で、どちらの街も1972年に市制施行されているのですが、今だに向日町と呼ぶ事が多いので(向日町の名を関した施設やランドマークも多い)、本作戦も向日町の名を冠する事にします。
   ところで、長岡京市というと、如何にも昔、長岡京市に長岡京があった様な印象を持たれるのですが、朝政が行われた大極殿は実は向日町にありました。それが何で向日町になったかというと、市内にある向日神社の名に由来するとの事です。

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古墳とは何の関係もありませんが、実家猫のレオ
新生児の姪御に両親の関心が向いてて
この一ヶ月、ご飯と水以外はあまり構って貰ってなかっとかw



■物集女車塚古墳
   連れて行かれたのは、ウチから車で約15分ほどの所にある物集女車塚古墳。長岡京にも「車塚」と名が付く古墳が多いのですが、車塚の車は、昔の貴人が乗る車の事で、この名前が付く古墳は大抵は前方後円墳です。長さ43〜48m、高さ7〜9mと大きめの古墳で、間近に立ってちょっと圧倒されました。
   古墳の周囲は公園化されているのですが、整備された古墳は大抵柵などしてあって中に立ち入れないのですが、この古墳にはそうした野暮な物がなく、古墳の上に上がれます。いや、厳密には「キケン!のぼらないでください」と立て看板が立っているので、上がっちゃいけないのでしょうが、それは史跡保護の為に入るなという意味でなく、うっかり転けて落ちたら危ないからダメよ、という意味の様です。現にみんな登っているみたいで、斜面にいくつか階段状になった部分がありました。
   そこで自分も登ってみたのですが、斜面は結構急で登りはともかく、下りで足滑らせて落ちたら危ない感じでした。しかし、小高い円墳部からの眺めはなかなかなもので、大昔、田んぼしかなかった頃は辺り一面が見晴らせたんだろうな、と感じました。
   この古墳の凄いところは、立派な石室が残っていただけでなく、その石室から排水する排水溝が今も機能している事です。千年以上経っても使える知恵というか技術を持ってた古代人ってのは凄いなー、と感じました。

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物集女車塚古墳
パッと目にもデカイ古墳ですが、間近に見れるのが良いです

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解説板
(字が細かいので大きめの画像で載せました)

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円墳部から方墳を眺めた図
高さは3階建てくらいで、結構高いです

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親父の後ろのコンクリの部分が周濠のあった所

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石室はこんな感じで出入り出来る様になっていますが
普段は中に入れません

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石室と石棺の解説板

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これが排水溝
石でキッチリ組まれています



■長岡宮大極殿跡
   次に向かったのが、長岡京の大極殿跡。物集女車塚古墳からは車で約10分くらいのところですが、最初、親父が「ここだ」と言った場所は、どうみてもタダの公園でした。まぁ、史跡が公園化されている所は多いのですが、流石にブランコとかが置いてあったりする所はないので、Googleマップで調べてみたら、その公園の裏手にちゃんと整備された大極殿跡がありました。
   大極殿跡といっても、長岡京から平安京に移った時、建物などは全部平安京に移築したとの事で、かつ長岡京が放棄されたあと、大極殿跡も農地になってしまったとかで、その大極殿跡は長い間、位置が特定されてませんでした。発掘調査の結果、ここが大極殿跡と特定された訳ですが、もともと農地だった事もあって今は宅地のど真ん中で、大極殿跡に行く道も細いコチャコチャしたのしかなく、観光地化は難しい様です。

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大極殿跡
跡と言われても、建物が復元されている訳ではないので
ちょっとイメージしづらかったです

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後殿(小安殿)跡
帝が政務中に休憩する場所
今は公園化されていて、球技とかしない様に注意書きがありました

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大極殿公園解説板

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長岡宮大極殿はこんな感じだったそうです


   たった10年くらいしか都が置かれなかったといえ、それでも都が置かれてた事は郷土の誇りであったらしく(自分も誇りに思ってますがw)、明治の頃にデカイ石碑が建てられたそうです。また、今上天皇皇后両陛下も行幸されたとか。

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真ん中の石碑は明治28年建立
左の灰色の碑は
平成22年に天皇皇后両陛下が行幸された記念碑

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長岡宮跡 大極殿・後殿(小安殿)地区解説板

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国指定史跡 長岡宮跡解説板

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史跡長岡宮跡 大極殿解説板


   自分は実家を出る18歳まで長岡京市に住んでいたのですが、長岡京の大極殿跡を見るのは実は今回が初めてでした。まぁ、昔はフィールドワーク的なものに大して興味を持ってなかったというのもあるのですが(その癖、歴史は得意科目だった)、近場の地元って事もあってあまり行こうと思わなかったのです。東京に住んでると東京タワーやスカイツリーに行こうとあまり思わないのと同じ様なもんです。なので、今回はプチツアーながら、地元の誇り?を見る良い機会になりました。

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こんな感じで長岡京があったよ、の図(南が上)
長岡宮大極殿の近くには、結構古墳がある様です
機会をみて第二次作戦を組みたいものです






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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2013年08月20日

   去年の夏から始めた古墳ツアー。自分の実家がある京都(といってもちょっと南の方)は、それ自体が歴史のある街であるだけでなく、奈良にも大阪にも古墳だの史跡だの遺跡だのが豊富は土地柄です。その様な訳で、せっかく帰省するからには、今回もどっか出かけるつもりをしていたのですが、新幹線に乗ってからもどこに行くか全然決めていませんでした。まぁ、事前にしっかり下調べして行った方が良いには違いないのですが、行き当たりばったりの旅もそれはそれで結構楽しい。
 で、どうするかなーと、ぼーっと考えていたら、電光掲示のニュースに「キトラ古墳の石室を一般公開」というのが目に飛び込んできました。そこで、iPhoneで色々調べてみたら、キトラ古墳は奈良県明日香村にある事が判明(それまで名前は知っていたが、場所は知らんかった)。そして明日香村には高松塚古墳(行った事ない)や石舞台古墳(2回行った事ある)もある事が判明。そこで今回の古墳ツアーは明日香村に行く事にしました。

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今回見て回った範囲(赤の網掛けの部分)
明日香村の見所の半分も見てません



■作戦計画
   行き当たりばったりだけに、予備知識は全くない状態でしたが、世の中便利になったもんで、iPhoneがあればドコに何があるかくらいは判ります。参考にしたのは、国営飛鳥歴史公園のサイト。このサイトによると、目的地である明日香村は、JR京都駅から近鉄に乗り換え、55分特急に乗って橿原神宮駅まで行き、さらに5分鈍行に乗って飛鳥駅まで行く様に案内が書いてありました。また、現地では自転車を借りて移動の手段としたり、コミュニティバス(かめバス)も出ている事が判りました。
   という訳で、0800時に実家を出発。JR京都駅で近鉄特急に乗り換え、特急券を買うのを忘れて車内で車掌さんから買った(駅で特急券を買うと指定席になるが、車内で買うと「空いてるとこに座って下さい」になるw)以外は問題なく橿原神宮駅に0937時到着。ところが、ここで問題発生。橿原神宮駅から飛鳥駅に向かう吉野線は、鈍行が1時間に2本しか電車が出ておらず、次に電車が来るのは50分後!暑い駅のホームで待ちぼうけするには、結構ツラい話しです。(後日、時刻表を調べたところ、0946時に特急が来て、この特急は吉野駅にも停まる事が判りました)
   そこで考えたのは、橿原神宮駅から出発して高松塚→キトラと移動する作戦。歩きではかなり大変そうなので、自転車を借りて移動し、もし余裕があれば石舞台方面にも足を伸ばす、というもの。そこで、駅前にあった如何にも「田舎の貸し自転車屋さん」に入り、自転車を借りました。

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今回自転車を借りたお店
店内には古いカメラが沢山あって、それはそれで見学したかったです
実はレンタルサイクルはもっと大きい店が他にも沢山ありますw


■銅鏡つくり
   さて、借りた自転車をキコキコ漕ぎながら、取りあえず店のおじさんが教えてくれた様に神武天皇陵方面に向かった訳ですが、自分が向かいたい明日香村方面とは正反対なので直ちに反転。第一の目標である国営飛鳥歴史公園館を目指しました。天候はこれ以上ない晴れ。気温は恐らく37度くらい。東京よりも2〜3度高い様に感じました。タダでさえ暑いところへ来て、自転車を漕ぐ訳ですからたちどころに汗だく。ちょっとした坂道でも息が上がってしまい、降りて自転車を押して歩く始末。歩くよりは楽と思った訳ですが、歩くよりは早いだけであってシンドイ事には変わりない。その様な訳で、国営飛鳥歴史公園館にたどり着いた時には、相当出来上がった状態になっていました。ともかくクーラーの効いた館内に突入してクールダウン。冷茶など頂いて汗引かせました。
   落ち着いたところで展示物などを見て回ったのですが、当初予想してた博物館然とした感じではなくて、むしろ休憩所に展示物がある様なこじんまりした感じでした。もっと落ち着いて休みたかったので、他に何かないかと探してたら、「鏡つくり体験」ってのを発見。前々からやってみたいと思っていたので、休憩がてらやってみる事にしました。
   やり方は、カセットコンロで溶かした錫とアマルガムの合金を耐熱ゴム製の鋳型に流し込み、冷えたら型から外して鏡面をサンドペーパーで研磨して、最後にピカールで磨くというもの。鋳型に合金を流し込む時は、素早く途切れない様に丁寧に流し込むのが大事。7分ほどして冷えたら、今度はサンドペーパーを掛けるのですが、これが結構大変。400番くらいの粗目の物をひたすら「の」の字を書く様に掛けまくり、次に1000番くらいの耐水ペーパーで水を漬けながら磨いて行きます。30分ほどしてピカールで磨くと、顔が写る程度にキレイに磨けました。
   実はサンドペーパー掛けてる間も、ぼたぼた汗をかいていたのですが、昔からこの手の削ったり磨いたりする作業が好きなので、没頭して作業してました。お陰で前からやりたかった銅鏡つくりが出来て、思いもよらぬ収穫が出来ました。

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国営飛鳥歴史公園館
霧っぽく見えるのはミストシャワーです
冷茶のサービスやってました

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2階会議室で銅鏡作り
左に見える茶色のが鋳型。耐熱ゴム製です

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鋳型から取り出したばかりの鏡
サンドペーパーとピカールで鏡面を磨きます
(係の子から「凄い!」と言われる出来映えでしたw)


■高松塚古墳
   歴史公園館の外の自販機で水分補給をしたあと、後ろ髪を惹かれつつ次の目標である高松塚古墳へ。自転車に乗ろうとしたら、炎熱でサドルが焼ける様に暑くなっていて、ケツが慣れるまでしかめ面をしながら自転車を漕ぐハメに。
   高松塚古墳は飛鳥歴史公園館から自転車で大体10分くらいの位置にあります。高松塚古墳に向かう前に、中尾山古墳を見学。駐輪場に自転車を置いて、小高い丘を登って行くとこじんまりした古墳が見えます。もとは八角墳らしいですが、ぱっと見た目は円墳に見えました。
   次は石室内の壁画で有名な高松塚古墳。実は今回が初めてです。壁画は写真などで良く知ってましたが、古墳自体はどんな形してるか分りませんでした。てっきり前方後円墳かと思っていたら(遠目にはその様に見える)。実は円墳だそうです。意外にこじんまりした佇まいで、周囲を柵に従ってグルっと見て回って終わり。古墳の上で封土の芝生の養生用かスプリンクラーが回ってました。
 古墳の見学もそこそこ、クールダウンの為に高松塚壁画館に突入。猛烈に空調が効かせてあって涼しかったです。ここに展示されているのは、複製品ばかりですが(歴史公園館で作った海獣葡萄鏡のレプリカも展示してある)、感心したのは石室の実物大模型(盗掘の穴から石室内を見れる様になっている)。結構デカい石をふんだんに使っているんだなー、と思いました。

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中尾山古墳
解説板を読むまで円墳だと思ってましたw

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石室にはデカイ石が使われていた様です

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高松塚古墳
実は見るのは今回が初めて

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壁画は超有名ですが、どんな形の古墳かは
今回行くまで知りませんでした


■キトラ古墳で大失敗
   さて、今回明日香村行きを決断させたキトラ古墳を目指す事にしました。サイクリング道を出てひたすら国道169号線を南下したのですが、道中は緩やかな上り坂。しかも猛烈な暑さで、自転車を漕ぐのが難儀で押して歩いたのですが、少々前屈みになるせいか、普通に歩いているよりも疲れる。猛烈に疲れる。しかも高松塚古墳の周辺みたいに観光地化されてないのか、コンビニはおろか自販機さえも見あたらない。ゼーゼー口で息するせいか、気管というか気道がひりついて痛くなる。しかもキトラ古墳の位置を見誤り、20分ほど迷子になってしまい、いよいよ熱中症っぽくなってしまいました。
   ようやくキトラ古墳への入り口を見つけ行ってみると、古墳の周りには柵だの覆いだのがしてあって全然見れない。フェンスに「ここはキトラ古墳です」という小さい看板が付いているからそうと判るだけで、ぱっと見た目には資材置き場くらいにしか見えない。建物があるから行ってみると、「キトラ古墳仮設保護覆屋」と看板が掲げてあって、中には入れない。自販機はなく、木の切り株を並べたビーチパラソルが一つあるだけ。補給も休養もまったく出来ない状態で、辛うじて林の木陰で休むのが精一杯。
   キトラ古墳は石室内の壁画の劣化が進んでいるとかで、それらを取り出して埋め戻す作業の真っ最中で、外部からもまったく見えない状態になっていたのでした。そうした情報は十分出回っていて、事前にしっかり調べておけば、こうしたドジも踏まずに済んだのですが、「行けば見れるだろう」的な発想で行動発起したお陰で、えらい空振りをふる事になりました。こんな事なら、キトラ方面に向かわず石舞台方面に行けば良かったのですが、後悔遅し、この時点で気力体力の大半を使い果たしていました。
   ともかく水分補給とクールダウンが必要、という事で、一旦飛鳥駅方面に撤退。行きは登りだったので、当然帰りは下りで自転車漕がなくても進むので楽でした。撤退後、直ちにコンビニでクールダウン。丁度昼時だったので何か食べたかったのですが、珍しい物探す元気もなく、ソフトクリームやアイスクリームだけで済まし、気力を回復させました。

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今回借りた自転車。サドルが半分外れかけw
どこまでも続くダラダラ坂を押して歩いて、体力消耗

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キトラ古墳仮設保護覆屋
古墳の周りは覆いがしてあって、全く見れませんでした

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解説板
ヘロヘロに疲れて、写真が傾いてます



■欽明天皇陵
   ソフトクリーム食べながら考えたのは、「まずは橿原神宮まで自転車返しにいって、かめバスで石舞台方面を目指す」という事ですが、橿原神宮まで戻るのも大抵難儀な話しです。かつ、かめバスの運行状態もよく判らないので、下手をすれば何も出来ないまま終わってしまう可能性も大です。そこで、橿原神宮まで戻る道すがら、その近辺の史跡を見て帰る事にしました。そこで、飛鳥駅の側にある猿石と欽明天皇陵を見て帰る事にしました。
   この二つの史跡は、国道169号線から少し引っ込んだ所にあるのですが、大きな通りを外れると畑や農家といった田舎の風景の中に史跡がある、という感じです。おそらく昔はざっくばらんに在ったのでしょうが、今は貴重な観光資源らしく、きっちり整備されています。猿石(吉備姫王墓)も欽明天皇陵も宮内庁管理で中には入れず、外から眺めるだけでしたが、なかなか奇麗な光景でした。

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吉備姫王墓。宮内庁管理
中には入れません

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案内板
延喜式の記述に基づいて特定されたそうです

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王墓の中にある石像
こちらは門の左側の2体

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こちらは門の右側の2体
一応、人を象ってるらしいのですが
猿にしか見えんから「猿石」と呼ばれるんでしょうねw

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欽明天皇陵。宮内庁管理
もちろん中には入れません

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傍目には判りにくいですが
結構大きめの前方後円墳だそうです


■鬼の雪隠・鬼の俎
   欽明天皇陵では日陰がまったくなかったのですが、飛鳥駅で大休止取ったお陰か、まだまだ頑張れそうでしたので、亀石方面に向かう事にしました。その途中には、鬼の雪隠・鬼の俎なる史跡があるとの事なので、ついでにそれを見ていこうという訳です。
   キトラ古墳の方はまだ調査中という事もあって、公園らしい物は何もなかったのですが、飛鳥駅から橿原神宮駅の間は歴史公園としてかなり整備されている様で、遊歩道もサイクリング道も細かく整備されていました。そして、橿原神宮駅では気が付かなかったのですが、レンタルサイクルも飛鳥駅を中心にかなり大規模な店がある様で、方々でレンタルサイクルに乗った人と行き交う様になりました。
   さて、気候が良ければ間違いなく気持ちいいであろうサイクリング道をダラダラと走っていくと、ようやく鬼の雪隠に辿り着きました。こちらも宮内庁管理下にあって、岩の上に登ったりする事は出来ません。行く前はタダのデカイ岩だと思ってたのですが、行ってみるとデカイ岩を掘削した石室であるとの事。しかし、何でこんな所に、しかもひっくり返った状態で「落ちている」のか不思議なもんでした。
   鬼の俎は、雪隠から少し離れた高台の方にあり、こちらは石室の床にあたるとの事。つまり、この位置にもともと古墳があったという事です。鬼の雪隠は大昔は俎の上に載っていた訳です。こちらも宮内庁管理下で、中には入る事が出来ませんでした。

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鬼の雪隠
こんな大きな石に正確な掘削が行われてるのに驚きました

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鬼の雪隠の解説板

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こちらは鬼の俎
この上に雪隠が載ってた訳ですが
重機のない時代に大変な技術があったもんです

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これまで古墳は盛り土がメインと思ってましたが
巨石文化としての石室の方が面白い様に感じてきましたw


■亀石
   今回の最終目的地である亀石付近に辿り着いた時には、もう息は上がりまくりでとにかくコンビニに入って休憩しない事にはヤバげな感じになっていました。キトラ方面と違い、この先には石舞台古墳などもあって観光地化が強化されているらしく、この辺りは道路が立派に整備され休憩も出来るコンビニもありました。これ幸いにクールダウン。Googleマップでは亀石はホンの目と鼻の先にある事を示してますし、この後にミッションはありませんから、十分休憩しました。
   ようやくやる気が出て来たので、亀石を見に行った訳ですが、確かに立派なデカイ石であるには違いないのですが、鬼の雪隠・鬼の俎を見た後では、ちょっと見劣りを感じない訳には行きませんでした。何せあちらは結構精緻に人の手が入っていますが、こちらはボンとそこにあるだけなので、まぁそう感じるのも仕方なかったかも。とはいえ、大昔の人がどこからこんなデカイ石を、どうやって運んできたのか興味がそそられるものがありました。
   今回のミッションはこれにて終了。出来れば石舞台古墳も見たいところですが、地図に示された等高線の幅の狭さを見ると、とてもじゃないがこれから自転車押して歩く気にはなれない。そこで素直に撤収。こちらも行きは登りだったので帰りは下り。岡寺駅から橿原神宮駅までの169号線は若干登りになるのでしんどかったですが、それでも無事に1500時に橿原神宮駅に到着。自転車を店に返納し、帰りも特急で(今度はちゃんと駅で特急券買った)涼んで楽して帰りました。

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亀石
といっても、カメの形をしてる訳ではありません

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仮に標石であったとしても
こんなデカイ石を運んでこれるところに
古代の明日香パワーを感じましたw


■感想・まとめ
   今回のミッションは、それこそ新幹線の中の思いつきで発起したもので、何の下調べも準備もなしに決行したのですが、明日香村自体が歴史公園化されているといって良いほどよく整備されていたお陰で、熱中症や脱水症状などにならずに済みました。もっとも、公園化されてないキトラ古墳方面は、文字通り「田舎の村」で自販機さえなくてエライ目に遭ったのですが、そうした事含め、今回は「思いつきの行き当たりばったり」の旅を楽しむ事が出来ました。
   今回は初めてレンタルサイクルを活用したのですが、押して歩く場面が多くて大いにアゴが出る事にはなりましたが、自由度と機動性においては大いに役立つものである事が判りました。今回借りたお店は小さいお店で、そのお店に自転車を返しに行かねばなりませんでしたが(まぁ、当たり前なのですが)、飛鳥駅周辺の大きいレンタルサイクルでは、追加料金を出せば出先で乗り捨ても可能ですので、第二次作戦時には是非とも活用したいです。
   明日香村は、近鉄沿線から石舞台方面に向けて傾斜が高くなる地形となっているのですが、自転車を活用したとしてもこの坂を登っていくのはかなり大変であると思います。むしろ、かめバスなどを活用して石舞台古墳まで行き、そこから自転車を借りて下ってくる作戦が楽ではないかな、と思いました。
   今回は古墳ツアーと言いながら、どちらかと言えばメンヒル系の巨石史跡の方が興味深く感じました。古墳にしても石室にはデカイ石が使われていて、石岡染谷作戦の時に見た古墳の石室の石が比較的小さかった事、それでも現地にはなくて余所から運んだものである事と対比して、明日香村近辺にはデカイ石が取れる産地があるのか、それともヤマト王権の権力のデカさ故なのか、色々興味深く感じました。明日香村には他にもメンヒル系の史跡がまだありますので、是非とも第二次作戦を組みたいものです。

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サイクリング好きにはたまらない光景じゃないでしょうかw
明日香村には、こうしたサイクリング道がアチコチにあるそうです






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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2013年06月09日

   前回の嵐山作戦のあと、急速の再軍備を進めた訳ですが、努力?の甲斐あって野営装備の大部分を軍装化する事が出来ました。今回の再軍備では、別にサバイバルゲームをやる訳ではないので、着る物、担ぐ物、泊まる物の3つにテーマを絞り、それぞれMCCUU(アメリカ海兵隊のマーパット迷彩服)とLightweight Exposure(ゴアのレインウェア)、RECON ASSULT PACKEBNSを調達しました。短期間での調達だったので、結構な出費になりましたが、モトクロスやる事思えば、予算的には10分の1程度です。
   出来ればスリーピングマットも海兵隊の物に替えたかったですが、値段が高いのとサーマレストのプロライトのカバーが違うだけなので、今回は止めにしました。また、寝具も3SSS(3-Season Sleep System)にしたかったのですが、セットで値段が4万近く、さすがに今回は手が出せませんでした。まぁ、あまり一気にやるのも楽しみが減るというものなので、次の機会に回す事にしました。
  
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1〜2泊用装備として準備しましたが
体力的にも、これが限界ですw



■準備
   取り敢えず物が揃った訳ですが、問題はこれまで使っていた民間品とは重さ大きさが違うので、パッキングには少し頭を使いました。
   シュラフはこれまで通りなので、アサルトパックのボトムにアンダーウェアと一緒に入れ、マットも従来通りアサルトパックの主室の下に入れた訳ですが、問題はテントであるEBNS。これまではエアライズ2だったので、そんなに嵩張らず、マットの上に入れて、かつパックに余裕が出来ていたのですが、EBNSとグランドシートを入れるとそれだけでパックがパッツンパッツンです。一応、アルストセットやキャンティーン、タオルや食糧などは、外付けのポーチに入れる事にしていましたが、防寒用のフリースさえ入れれないのは問題です。
   そこで、同行してもらうToyofusaさんを真似て、EBNSを副室のカバーになってる背面のウェビングに付ける事にしました。2kg近い物が背中から遠い所にあるのは、バランス的に今ひとつなのですが、容量確保のためには仕方ないかなー、という所。EBNSのグランドシートは副室に納める事にしました。
   雨具であるLightweight Exposureは、当初はイイ感じの大きさに畳んで、アサルトパックの副室の方に入れようと思っていたのですが(その方がサッと取り出せる)、しかしEBNSのグランドシートを入れる事にしたので、小さく畳んでSEAL LINE MACS Sackに入れてパックの主室に入れました。もともとLightweight Exposureは軽量かつ薄いので、サックを圧縮するとかなり薄くなります。EBNSを外付けにする事で、かなり容量を稼ぐ事が出来たので、食糧を入れたサステインメントポーチやフリースをパックに収納する事が出来ました。
   次に気にしたのは服装で、もちろん軍装な訳ですが、下はトラウザーにブーツは良いとして、上もばっちりブラウス(MCCUUの上衣はブラウスという)もキメたのでは、さすがに電車の中でイタイかなーと思い、6年もののOGのTシャツだけにしました。まぁ、どのみち暑くて上衣まで着てられないだろうと思った訳です(その通りだった)。

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EBNSを外付けにした事で、サーマレスト以外に
食糧、雨具、フリースを内蔵する事が出来る様になりました

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オージービーフの付け合わせはポテトだろ、って事で投入
しかし、肉が多くて食えませんでしたw
パエリアはめっちゃ旨かったです


多峰主山〜天覧山〜高麗峠
   今回の作戦は、実はホタル見に行くのが主目的で、目的地である日高市巾着田は西武池袋線高麗駅から歩いて20分。これでは絶対的に時間を持て余してしまうし、そもそもせっかく買ったアサルトパックを背負って歩いて具合を確かめる事も出来ません。それはなんぼ何でも、という事で、飯能駅から多峰主山、天覧山、高麗峠を結ぶハイキング道を歩いて目的地を目指す事にしました。
   といっても、のんびり歩いても2時間もあれば到着する、という事で、飯能駅は1200時集合。飛び乗った電車が鈍行で、集合時間を10分ほど過ぎてしまいましたが、無事、Toyofusaさんと合流。揃いのデザート・マーパット(Toyofusaさんは上衣も着込んでたw)で、道行く人々から珍妙な動物を見る目で見られながら、行軍を開始しました。
   飯能というと、失礼ながら自分には田舎のイメージしかないのですが、確かにその通りで、歩き出して30分もしないウチに山の遊歩道に突入です。まぁ、自分の実家の長岡京市もそんな感じなのですが、市民向けの遊歩道の整備は飯能の方が上の様です。二人してテクテク歩いていると、何人かのハイキングの人とすれ違いました。町中では珍妙は生き物を見る目で見られるのに、山の中では案外そうでないのは、やっぱりアウトドア向けの格好をしているからでしょう。
   今回のミッションでは、遊歩道を歩くだけで登頂は目指さないのですが(Toyofusaさん曰く、「景色が良いだけだから」w)、約13kgの荷物背負って歩くだけでも、それなりに結構いい運動です。キャンプするという目的が無ければ決してやらない事だと思うので、運動するにも目的というのは大事だと思いました。大半はダラダラと歩ける平面な道なのですが、時々は登り坂があったりして、そんな時でもアゴを出さずに歩けたのは、日頃の水泳のお陰だと思いました。
   こんな感じで出発から2時間後には高麗峠に着きました。当初の予定では、途中で昼飯食って、1600時ころ巾着田に着く予定だったのですが、全然腹が減ってない。それもそのはず、自分は出発前にフライの4色丼を食い(大島のダイエーでフライが安かった)、Toyofusaさんもカップ焼きそば(恐らく大盛り)食ってきたという事で、わざわざ荷物広げて飯食いたい、というほどではない。しかも目的地まであと20分と言われたら、目的地着いてから食った方が良さそうなもんです。
   その様な訳で、予定よりも1時間早い1455時、巾着田に掛かるドレミファ橋に到着しました。

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待ち合わせ場所で集合
この方は、こういう格好でもあまり違和感ないですw

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高麗峠で休憩
前回とは装備一新。まぁ自分的にはこっちが普通ですがw

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目的地の巾着田ドレミファ橋に到着
なんでドレミファなのかは判らんそうですww



■ホタルゲット
   到着と同時に、野営地を設営。EBNSは初めて使うテントですが、設営そのものは難しいものではなく、せいぜい地面が固くてアルミのペグが刺さらないので困ったくらいでした。設営が済んだあと、歩いて10分のコンビニに飲み物など買いに行き、まだ腹は減ってないけど今食わんと、夜の大ミッションに備えられないという事で、遅めの昼食を摂りました。
   さて、長かった陽も暮れて、1930時からホタルの鑑賞会が始まりました。ホタルは巾着田の外側の田畑の中を流れる小川に生息してるそうで、小川に入り込まない様にロープがしてありました。最初はあまり見れなかったのですが、2000時頃から光り出すホタルが増えてきて、なかなかの見物でした。もっとも、ホタルの数より鑑賞に来てた人間の方が多かった様ですが。
   十分ホタルを堪能したあと、好例、もとい恒例のオージービーフの夜、スタート。今回は一人380gという事で、決死の覚悟で食い尽くしました。今回は自分が持参したチューブバターで焼いたのですが、前回より全然美味く食べれました。しかし、その後に出て来たチーズ・イン・ソーセージはもっと美味しくて、4本も食べてしまいました。
   ところが、塩辛いものばかり食べたので(オージービーフはステーキソースや醤油禁止で、塩胡椒のみで味付け)、甘い物が食べたくなりました。そこで再びコンビニに甘い物買いだし。その帰りに、鑑賞会が終わったホタルの小川に寄ってみたところ、Toyofusaさんが地べたに落ちていたゲンジボタルを発見。「よく発見しましたねーー!」と驚いた訳ですが、夜間昆虫採集のエキスパートだけに楽勝だったそうですw
   そのホタルをコンビニ袋に入れ(エクレアとプリンはトラウザーのポケットへ。エクレアは爆裂し、プリンはシェークになったw)、一晩枕元に置いてたのですが、ずっと光り続けててなかなか雅なものでした。(翌朝リリースしました)

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EBNS二張り
国内でEBNS使ってる人はあまり居なさそうなので
珍しい光景になるのかも??

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遅い昼飯
自分は乾パンだけにしましたが
Toyofusaさんはフォーと残り汁にご飯入れてましたww


ホタル鑑賞会
一所懸命、ホタル光ってました

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そして、大オージービーフ大会
なんと一人380gです。もちろんお残し禁止ですww

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さらにソーセージもwww
どんなけ食うんだwww

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野菜も食え、という意見が出そうですが、何も食えませんww
せっかくですから、サイリュームで雰囲気出しました

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コンビニの帰りにホタル発見!!
生まれて初めて、ゲンジボタルを生で見ました


コンビニ袋の中で光るホタル
明るくなるまで光ってました(翌朝逃がしました)


■翌日は撤収するだけ
   食う物食ってする事もなくなったので、さぁ寝るかー、という事になったのですが、問題は今回初めてEBNSで寝るという事。これまでのエアライズ2は2人用とは言え結構広く天井も高かったのですが、EBNSは横になる高さしかありません。慣れてないせいもあるでしょうが、結構寝にくく感じました。そのせいか、2時間ほどは寝てた様なのですが、夜中に目が覚めて、そのあと全然寝れなくて、そのまま夜が明けてしまいました。まぁ、前日に大して身体使ってなかったのもありますし、行きの電車でずっと寝てたのも影響してたと思います。
   0700時頃から、ごそごそと朝飯に取り掛かったのですが、Toyofusaさんはリークのヌードル(ただし、リークは長ネギとタマネギで代用w)、自分はアルファ米にパエリアの素を混ぜたやつ、という風に朝からヘヴィな物食ってました。もっとも、前の晩の飯もまだこなれてない状態だったので、食ったあとは1時間くらい動けませんでしたw
   やっとこ撤収となったのですが、EBNSは折って畳んで丸めるだけですので、案外撤収は手早く出来ました。パッキングが済んだあとは、高麗駅まで約20分の行軍。高麗駅は文字通り何にもない駅で、奇妙な2本のトーテムポール以外は、売店も牛丼屋もなく(あっても食えなかったがw)、土産物屋も閉店、辛うじてジュースの自販機だけはありました。その割には遠足風の子供達やハイキング風の老若男女が多かったのが印象的でした。

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朝っぱらからヘヴィは朝食です
でも、どっちも美味くて完食ですw

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撤収作業中
休憩前に予めパッキングは済ませてましたので
さっさと終える事が出来ました

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高麗駅前の様子
高麗郡は8世紀に高句麗の王族が亡命して封じられた場所らしいんですが
このトーテムポールは高句麗とはあまり関係ないとか
(高句麗は騎馬民族、このトーテムポールは農耕民の習俗)


■まとめ
   今回は生まれて初めてホタルを見る、という目的だったのですが、ホタルが光って飛んでるのを見ただけでなく、ホタルの現物もゲット出来、大成功に終わりました。ホタルごときで大喜びする歳でもあるまいしー、という気もしないでもないですが、でもなかなか良かったですよ、ホタル。
   RECON ASSULT PACKに最大限荷物を詰めて担いで歩いたのですが、あんだけペラペラのショルダーストラップの割には担ぎやすく、ここ数年で軍装のバックパックも進歩してるんだなー、と感じました。もっとも、このアサルトパックは衛生兵用のCorpsmanを流用したものですが、コアマンの場合、衛生材料一式を積んだ時の重さが13kgくらいらしくて、それ以上の装備を詰める事を前提としていないから、ペラいショルダーストラップなのかも知れません。何にしても、MOLLEシステムであるので外付けで拡張出来るのがとても良く、少々容量不足に感じるものの、十分外付けで補う事が出来ました。
   テントも軍装で、という事で、アメリカ海兵隊が採用しているEBNSを投入したのですが、使い勝手や居住性については、やはり民間のドーム型テントには及ばぬ様です。まぁ、もとがベットネットですので、コンセプトが違うから仕方ない訳ですが、ある程度は慣れていくしかなさそうです。疲労度が強いミッションを行う場合はエアライズ2を使い、今回の様に軍装使って遊ぶ場合はEBNSで、という風に使い分けると良いなと思ってます。
   そして、今回も激烈wオージービーフの夜があった訳ですが、ステーキソースや醤油禁止であるからには、塩などの粉末系の調味料で挑まねばならぬ訳で、実は塩と黒胡椒を混ぜたのを持って行く予定だったのですが、すっかり忘れてしまいましたw 恐らく次回も出てくると思うので、忘れず持って行きたいものです。ご飯に混ぜる「洋ごはんつくろ」は、予想以上に美味くてナイスでした。アルファ米の臭さも気にならないほど美味いので、今後は常備したいと思います。

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もうちょっと腹が凹むとカッコイイんですがー(汗)






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tanisi_corp at 17:00コメント(2)

2013年04月29日

   XR250を手放す以前からツーリングには全然行かなくなっていたのですが、たまにはツーリングも良いかな、なんて思う様になった今日この頃。もともと自分がバイクの世界に戻ってきたのは、ジョルノで犬吠埼に撮影に行ったのがキッカケですから、アドレスV100だっていっこうに構わない訳です。むしろ、原付でなく小型自動二輪ですから、前よりも機動力がアップしたくらいです。
   それはともかくとして、以前から職場の同僚たちと「たまにはキャンプでも行くかー」みたいな話しが出てて、いよいよそれを挙行する事となりました。場所は、10数年前に自分が部隊の仲間とキャンプツーリングに来た利根川河川敷。今回は場所をちょっとずらして関宿近辺で行う事になりました(故に関宿男子会という名称になった)。自分はスクーターで、あとの二人は自慢の自転車で各々集合する、という事になりました。

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赤線は往路、青線は復路
帰りはわざわざ遠回りしたのではなくて
iPhoneのMapの言うとおりに走ったらこうなった(汗



■準備
   今回は、3人が各々持ってるアウトドアグッズを活かしつつ、飯に関してはそれなりに共用しようという事で、自分はBBQコンロと炭、画家のI月君は飯盒で飯炊き、Uのピー(神様)はBBQに使う食材を持ってくる、という事になりました。
   BBQコンロはスクーターの足元、炭は後ろのトランクに入れるとして、野営装備一式はどうするか。どうするかもこうするかも、ラッキーな事にアメリカ海兵隊のリーコン・アサルトパックを入手していたので、テント、シュラフ、マットの基本装備は詰め込み、ストーブはアルストからプリムスのP-153に切り換え(I月君が昔自分が売り飛ばしたオプティマスCRUXを持ってくると思ったので、ガスカートリッジを共通にした)、水はナルゲン・オアシスを装備。またBBQ大会なので折り畳みの椅子もリーコン・アサルトパックに縛着しました。天気予報では雨は降らない予報だったので、ポンチョはオミット。最悪降ってもトランクにレインウェアが入ってるので身体は濡れません(アサルトパックは濡れますが)
   食料も他の二人が持ってくるので、自分は4号線のコンビニで厚切りバームクーヘンと麦茶だけ購入。2人は酒飲みですが自分は酒飲まないので甘味が欲しい訳です。

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初投入のリーコン・アサルトパック
今回はバイクなので、真剣に担ぐ場面は少なかったのですが
結構担ぎ易かったです

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集合場所の関宿城博物館に一番乗り
ウチからスクーターだと大体1.5時間くらいです


■宿営地変更
   関宿城のベンチでごろ寝してると、Uのピー(神様)到着。聞くと風が強くて自転車組は結構大変とか。I月君は集合時間より1時間ほど遅れるとの事です。自転車だと5時間は掛かってるみたいです。取り敢えず到着までに時間があるので、先に野営地を探す事にしました。
   予定では関宿城の近辺の河川敷でキャンプするつもりで、またそれっぽい場所も色々あったのですが、問題は自転車やバイクで乗り付けるためには、かなり大回りして来なければならない事。乗り物は関宿城の駐輪場において、荷物担いで河川敷に降りる事も考えたのですが、それはそれでちょっと面倒くさい。アサルトパックに荷物が積み込んである自分は良いですが、自転車にバッグを括り付けてる2人にはちょっと厳しい話しです。
   そこで、どっちみち大回りするのなら、一旦道の駅さかいまで移動して、そこからキャンプ地を探そうという事になりました。合流したI月君と一緒に道の駅さかいに移動したあと、Uのピー(神様)が独特の嗅覚で関宿の対岸に降りる河岸道を発見。どこまでも続いている利根川河川敷の道をウロウロしているウチに、ゴルフ場かグライダーの飛行場みたいな芝生のグランドを発見。そこの端っこを男子会会場としました。

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キャンプ地を探しに行くに当たって、買ってきた肉をバッグから出す神様
実は神様、キャンプは今回がほぼ初めてですw

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奥の赤いのがI月君の轟天号、手前のが神様の流星号
積み込み方の違いに経験の差が現れてます

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良い感じに砂利道を走る男子会一同
実はこの先に珍走団の一群がたむろってて、Uターンwww


■失敗続出ww
   キャンプ地も無事に決まったところで、早速BBQスタート。いつもなかなか炭に火を着けるのに苦労しますが、ガストーチとゲルネンのお陰で一発点火。イイ感じに火が熾ったところで、さぁ焼くぞーと思ったら網がない。BBQに必要な装備は一式まとめてコンロの箱に入れて置いたはずなのに、ない。これには慌てたのですが、幸い近くにデカいホームセンターがあったので、そこで網を買ってきて貰いました。
   さて、食うぞーと思ったら、持って行くはずだったシェラカップを忘れてました。まさか手で受けて食う訳にもいかないので、Uのピー(神様)の飯盒(自分が譲ったもの)の中盒を借りる始末。日頃偉そうな事をいう割には、大事なところで忘れ物しまくりです。
   さて、イイ感じにBBQやってるウチに夜が更けて、徐々に寒くなってきました。自分は比較的防寒をしっかりしてたのですが、I月君はなんか寒そう。本人は大丈夫というものの、見てるこっちが寒くなる感じ。ところが、一晩中もつ筈だった炭は予想外に早く底つきかけている。ほとんど新品と思ってたのが、実は半分くらいしか残ってなかったらしい。もっとちゃんと点検しておくべきでした。慌ててホームセンターに走ったものの、もはや営業時間終了。
   まぁ、ガスバーナーもあるし、缶入り固形燃料もあるという事で、コケネン使って飯盒で湯を沸かし、カップ焼きそばを食おうとしたら、今度は沸かした飯盒を転かして湯を全部地面にぶちまけてしまいました。なかなか上手い事行きませんw

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宴もたけなわ、イイ感じに出来上がってます
もうちょっと炭があったら、寒さはしのげたんですが、、

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コケネン使って湯沸かし。ボコるほどではないですが
ちゃんと湯が沸きました


   さて、食うモン食って、燃やすモン燃やして、する事が無くなった頃に、だんだん結露は激しくなってきました。全濡れになる前にテント立てて装備を退避させました。
   今回、キャンプはほぼ初めてのUのピー(神様)は、辛うじて銀空マットとキャプテンスタッグの1980円の封筒型シュラフは買ってきましたが、テントは未配備です。本人はテント無しで寝るつもりで、自分らもそのチャレンジャーぶりを楽しみにしてたのですが、予想外に結露が激しい。このままで行くと明け方までにシュラフは全濡れ確定です。本人曰く、もしダメそうだったら途中で助けて貰うと宣ってましたが、夜中に濡れ濡れのシュラフをテントに持ち込まれるのは、ぶっちゃけ迷惑です。
   そこで、2人用のエアライズ2を持ってる自分の方に来て貰う事にしました。リーコン・アサルトパックはグランドシートを被せて外に放り出しました。実は、このテントで2人で寝るのは初めてなのですが、まさかその初めてがオッサンだとは思いもよりませんでしたwww

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2人用だけあって、荷物がなければ2人寝れます
もっとも、ワタクシ、なんだか緊張してなかなか寝れませんでしたがw



■古墳見てミッションコンプリート
   やっとこ明け方になって熟睡できたのですが、「は、は、は、は、は、おはようございます」とまるで怪人二十面相みたいなI月君の笑い声で起こされて起床。気が付いたらお日様は中天に上がってました。地面はすっかり乾いてたのですが(夜中は盛大に濡れていた)、テントのフライシートは結構濡れてましたので、ただちに外してバイクに掛けて干しました。
   フライやテントを乾かしてる間に朝食。昨日はBBQやインスタントの焼きそばやラーメンで腹一杯で食えなかった米の飯を炊き(I月君担当)、昨日無駄に多かった豚肉をハサミで脂身を除去して豚汁を作り(神様担当)、意外にそれっぽく出来た朝食を頂きました。ただ、ここで特筆すべきは、豚汁に牛肉を入れてしまうと、訳の分からん味になるので要注意です。
   食事のあと、湯を沸かし食器類をざっと洗い、荷物をまとめてパッキング。この辺りは自分もI月君も手慣れたものでした。もちろんゴミも残さず持ち帰りましたが、意外にゴミの量が多かったのは、やはりBBQだったからでしょうか。

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朝のキャンプサイト
誰にも邪魔されず、平和に朝を迎えました

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包丁やナイフより、文房具のハサミの方が
アウトドアでは意外に役立ちます

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得たいの知れない豚汁を調理中
今回、ワタクシは基本的に料理に口出ししませんでした

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撤収準備完了
神様の流星号が昨日よりカオスな状態になってます


   ところで、前夜に境町の河川敷でキャンプしてるとツイートしたところ、Toyofusaさんから「道の駅さかいの向かいにあるショッピングモールの駐車場に、蓋された古墳がある」と教えて貰いました。せっかくなので帰る前に見学にいきました。
   ホームセンターの前にスクーターを駐め、さてどこにあるのかな、と探そうと思ったら、I月君が「たにしさん、ここ、ありましたよ!」と呼び止められました。振り返ってみると、四角形に鉄板敷き詰めて柵をした場所がありました。これがおたま塚古墳でした。柵をするなら蓋は要らないだろうし、蓋があるなら柵はやめて駐車場にしてしまえば良さそうなもんですが、太古の豪族の霊を恐れたんでしょうか。取り敢えず車を駐められない様にしてありました。
 おたま塚古墳の直ぐそばには、蓋がされてない鷲塚古墳がありました。といっても、円墳の周りを堤防みたいにコンクリで固めて、駐車場の下に円墳が顔を覗かせてる様な感じ。コチラも柵がありましたが、古墳の姿が見えるだけマシです。もしかしたら、おたま塚古墳も昔はこんな感じだったのかもしれませんが、ゴミとか放り投げられたりして困って鉄板の蓋をしたのかもしれません。

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こちらがおたま塚古墳
鉄板で蓋がされているので、古墳の姿は拝めません


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こちらは鷲塚古墳
いかにも古墳っぽい雰囲気を醸し出しています

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Googleマップから
ショッピングモールが建設される前の状態っぽいです


 古墳も見たし、じゃあ解散という事で1030時現地解散。帰りも4号線で帰るつもりが、iPhoneの素晴らしい誘導で、国道16号経由6号線で帰る羽目に。お陰で野田の2りんかんで切れかかってた2stオイルを買う事が出来ました。1345時、無事帰宅。帰り着いて昼飯食ったら急に眠くなって、夕方過ぎまで爆睡してました。






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tanisi_corp at 20:00コメント(2)

2013年03月10日

   前回の龍神山のあと、どっかでキャンプしましょかー、という話しが出て、今回の企画となりました。埼玉県で山登りってのはイマイチ、ピンと来なかったのですが、あまり高い山だとよう登り切らんと思われますので、丘陵地帯の端っこにある低山なら、どうにかやれると踏んだわけです。
   ところで、キャンプの荷物を担いで歩いてキャンプ行く、というのは、旧クラフトフェルト時代に有志(といっても、自分とあと一人w)で何回か行った事がありますが、米軍のバックパックがそれなりの形になるまで物を詰め込んで行く主義だったので、荷物がやたら重くて大変だった記憶しかありません。その様な訳で、今回はあまり見栄を張らずに、出来るだけ軽装で行く事にしました。

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このモンベルの3ウェイバッグ。実に10年ぶりくらいの再就役です
というか、まさかキャンプで使うとは思ってませんでした



■準備
   軽装といってもキャンプですから、泊まりの用意をせねばなりません。最低限必要なのは、テント、シュラフ、スリーピングマットです。これらはツーリング時代に吟味しまくった奴があるので心配なしです。ストーブ類は、一緒に行くToyofusaさんに合わせてアルストセットにし、予備でプリムスP-153と110ガスカートリッジを持つ事にしました。クッカーは、基本的に湯を沸かせば食べれる物が食事となる関係から、アルストセットとオアシスにセットしたキャンティーンカップ2つで済ませる事にしました。その他は、IFAKポーチからファーストエイドキットだけを抜いて持参。衣類は下着の替えと防寒具&寝間着としてアウトラスト・アンダーウェアを入れました。
   食糧は、初日の昼夜、翌日の朝の3食分。昼と朝用にカニヤのネービービスケット10枚と玄麦乾パン10枚、チューブ要りのバター、コンソメスープ、カフェオレ。晩用に辛味棒ラーメンと尾西のアルファ米。行動食として、カロリーメイト8本、チョコレート、ミックスナッツを持ちました。あと、ネタ用にフルーチェ2人分。水は予めオアシスに1リットル入れて持参し、現地のコンビニで500mlのウーロン茶を買って行動中チビチビ飲む事にしました。
   被服は、足はマリーンのコヨーテブーツ、下衣はカーゴパンツ、上衣は長袖のアンダーウェアにRsタイチのライディングジャケット。もっとも、気温が高いとの予報でしたので、もっと軽装でも良かったのかもしれませんが、コレ以外に被服が無いので選びようがありません。
   さて、装備を要る物だけに切り詰めたまでは良かったのですが、問題はそれを入れるバックパックです。去年入手したILBE アサルトパックには、シュラフ、テント、サーマレストは入れる事が出来ますが、アルストセットやオアシスをパック背面のウェビングに付けたとしても容量不足です。急遽、ILBEのメインパックを取り寄せる事も考えましたが、こちらは75リットルも容量があって、明らかに装備の方が少ない。つまり、パックが大きすぎる。丁度イイのは、40リットルくらいのCorpsman アサルトパックなのですが、入手困難です。
   そこで、昔サバゲーに行く時に使っていたモンベルの3ウェイバッグを引っ張り出して使う事にしました。ミリタリー色どころか、アウトドア色もないバッグですが、丁度いい容量で装備がピッタリ収まりました。担いでみたところ、重くないと言えばウソになるけど、何とかなりそうな感じ。まぁ、何とかならなくても、今はこれしかバックパックがないのだから、頑張って歩く事にしました。

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取り敢えずパッキングのテスト
テント、シュラフ、スリーピングマットの収納サイズを合わせてあるので
パッキングがとても楽です

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今回は乾燥食糧がメインです
玄麦乾パンとクリームチーズはとても合ったのですが
持って行ったのはパッキングしても潰れなさそうな
チューブ入りバターでした


■仙元山縦走
   当日は朝0600時に起きて、0700時にはウチを出ました。早めに出て集合場所である東武東上線小川町駅の駅前でソバでも食うたろか、と思ったのですが、現地に着いてみると、普通の駅前にありそうなソバ屋や牛丼屋がない。定食屋っぽいのはあるのですが、1000時ではまだ開いてない。辛うじてローソンがあったので、弁当を買い込んで外で食べました。ところが、弁当を食べてる間に気温はドンドン上がっていき、結局、ライジャケのインナーは外してバックパックに入れ、ライジャケ自体はバックパックの側面に縛着して、長袖シャツだけで歩く事にしました。

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駅に着いて早々にライディングジャケットを脱ぎました
インナーは3ウェイバッグの中に入れ
アウターは丸めてバッグのサイドに縛着しました


   Toyofusaさんと合流したあと、さっそく行軍開始。町中を歩いている間は、時々道行く人や自動車を運転してるドライバーの何人かから、珍妙な動物を見る目で見られましたが、山が近づくにつれ誰も見かけなくなりました。今回のミッションの一つに「絶滅危惧種のトウキョウサンショウウオの卵を見る」というのがあって、小川のそれっぽい所を覗き込みながら歩いたのですが、それっぽい物は見つからず。そんじゃという事で、仙元山の頂上目指して行軍を開始しました。
   約40リットルのバックパックを背負って山を歩くのはどんなものか、と思っていたのですが、意外に歩ける事を発見しました。まぁ、ガンガンと延々に歩くという感じではなく、登りは適宜休み休み歩いたのですが、そのお陰かあまり息も上がらず思っていたよりは楽に歩く事が出来ました。もっとも、これもこの一年水泳を続けて、それなりに肺活量が増えたお陰かもしれません。

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仙元山はハイキングやランに丁度いい山の様で
遊歩道がきっちり整備されてました
もっとも、こんな格好だったのは自分らだけでしたがw


   歩き続ける事、約1.5時間。仙元山山頂に辿り着きました。この仙元山は標高298.9m。わずか1.1m足りないだけで300m級に達しなかったちょっと残念な山ですが、手頃な低山にも関わらず高尾山の様な人気スポットではなく、登りに来る人もチラホラ。まぁ、そのお陰で大荷物背負った自分らが浮く様な事もなかったのですが。ときたますれ違う人は、みんな軽装か手ぶらで、キャンプの道具背負って歩いているのは自分らだけでした。
   頃合いもちょうど昼過ぎ辺りでしたので、山頂から少し下った所にある屋根付きの展望台で昼食。今回は湯を沸かすだけで食べれる物、という事で、昼はカニヤの玄麦乾パンにチューブ入りバター、オニオンコンソメスープにフライドオニオンを入れて食べました。ストーブはトランギアのTR-B25にキャンティーンカップスタンドでしたが、大して風がなかったので十分使えました。玄麦乾パンは以前は評価が低かったのですが、最近嗜好が変わったのか、ノーマルのカニヤのネービービスケットより美味しく感じます。

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登頂成功ww
まぁ、普通にただのキャンプしても面白くないですから
低山経由をコースに含めた、という事でw

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近くのベンチで昼食
来た時はベンチの上が花粉で真っ黄色でした
トランギアTR-B25、活躍してます


   昼食のあとはひたすら下山。仙元山は昔はMTBとかで走るのが流行っていたそうで、確かに下りもダウンヒルとかやったら楽しそうです。もっとも、古城跡が国定史跡になってからは自転車もバイクも乗り入れ禁止になったらしいです。登りの時もそうでしたが、このコーナーはどんな風に(CRFで)降りるか、なんて考えてる自分は、なんてバイク脳なんだろうとか思いながら歩いていました。

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山をおりてキャンプ場を目指すの図
とても長閑でイイ感じでした



■オージービーフの夜
   下山開始から約1時間で割合という所に辿り着きました。ここの湧き水は美味しいという事で、Toyofusaさんと二人して給水。地元の人も車で乗り付けて、焼酎のペットボトルにガンガン入れてましたから、やっぱり美味しいのでしょう。飲んでみると癖のない冷たい水でした。
   ここからは麓の道を歩いて、今夜の野営地である月川荘キャンプ場を目指します。のどかな田舎道をひたすら歩いたのですが、意外にも山道を歩くよりも疲れました。アップダウンがあっても日陰のある山道の方が疲れにくい様です。また足元にも注意しなければならないので、注意力が散漫にならないからかもしれません。約2時間ほど歩いて「ようやく」月川荘キャンプ場に着きました。

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キャンプ場にクジャクがいると思いませんでした
真っ白なオスを含め、オス4羽、メスが2羽もいました
他に山羊もいましたが、夜中ガンガン何かに角をぶつけてたそうです


   事前の調べで、月川荘キャンプ場は都内から近く、自動車で行けて、キャンプもBBQも出来て、と言う風にかなり人気のあるキャンプ場である事が判っていました。もし客がいっぱい居たらどうしますー?みたいな事を言っていたのですが、着いてみるとお客は自分らだけww 従ってどこでも好きなトコにテント張れるので、オーソドックスに芝生のテントサイトに陣取りました。
   さっそく幕舎設営。自分のアライテント・エアライズ2は、キャンプで建てるのは6年振りですが、何のとまどいもなくものの15分で設営完了。Toyofusaさんは米軍のCatoma EBNS Rain flyという簡易テントでしたが、やはり手際よく設営完了。まぁ、この辺りはお互い手慣れたものです。

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本日の幕営地
どこでも好きなトコに張れるので
出来る限り、水平な場所を選びましたw


   ダベってるウチに暗くなってきたので、飯でも食うか〜という事になりました。当初の予定では、棒ラーメンにアルファ米をぶち込んで食べるつもりをしていたのですが、なんとToyofusaさんが肉持ってきた、というじゃありませんか。しかも、オージービーフ。これはエライこっちゃ〜っと思ったのですが、付き合いの悪い事はしません。アルコールストーブと米軍のメスパンでジュージュー焼きながら、「もちっと焼いた方が美味くないですかー?」とか「終わりら辺になってくると、美味いと感じるから不思議ですねー」などとイイながら、結局、二人で全部食べきってしまいました。

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夜はアルファ米に棒ラーメンだと思ったら
まさかのオージービーフww しかもまだ半分凍ってました
塩胡椒だけで食べました
(次回はステーキソース持って行こうw)


   食べるもの食べたら、あとはする事がなくなるのはどんなキャンプでも同じ事で、暇つぶしに焚き火あとに燃え残ってた木っ端に、ファイヤースチールで火付けたり、色々やってましたが、2200時には就寝。外はさすがに寒かったのですが、シュラフの中はヌクヌクでした。もっとも、花粉の爆心地を一日中歩いたせいで、鼻も目も壊滅状態でずっと口で息をしてましたので、口の中がカラカラだなーとか思いつつ、朝を迎えました。

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退屈したので、ファイヤースチールで焚き火起こしました
ティッシュペーパーさえあれば
ちゃんと焚き火が起こせる事を確認しました
(このキャンプ場は直火OKです。ダメな場所もありますが)


■山王古墳群
   朝は0800時に起床。Toyofusaさん曰く、夜中の2時頃に山羊が何かに激突する音とそれに呼応して犬がワンワン鳴きまくり、寝れなかったとの事ですが、幸い自分は全然気が付かず爆睡していたようですw
   朝はカニヤのネービービスケットにチューブ入りバター、カフェオレ。例によってアルコールストーブで湯を沸かしたのですが、キャンティーンカップのワイヤーハンドルに火がモロに当たっていた様で、うっかり持って軽く火傷しました。カニヤのネービーは食べ慣れているのですが、玄麦乾パンの方が美味く感じました。またカフェオレより朝はココアの方が良いなぁ。
   食べ終わったら直ちに撤収作業。キャンプ場は朝1000時に引き払わねばならりません。食事の前にフライシートをテントから外して干しておいたのですが、陽が陰っていたので結露は乾かず。仕方なしにそのまま畳んでパッキングしました。昨日の引き続きで、花粉にやられてクシャミ連発でしたが、ちゃっちゃとパッキングを済ませて予定通り、1000時にキャンプ場を後にしました。

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朝っぱらからフルーチェwww
でも、ネタになるほど寒くなかったので
美味しく食べました

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飯が終わったら直ちに撤収
バックパックの下に敷いてる90リットルのゴミ袋
グランドシート代わりで大活躍でした


   今日のミッションは、嵐山町の蝶の里公園にあるという古墳を見て回る事。延々アスファルトの道を歩いたのですが、食料、水、燃料のあらかたを消費して背中の荷物が大分軽くなったのか、歩くのは楽でした。ところが、そろそろ蝶の里公園辺りに近いのに、それっぽい標識も何もない。このままじゃ武蔵嵐山駅に着いてしまうぞー、と思った矢先、申し訳程度に備えられた道標を発見。その先に蝶の里公園がありました。
   さて、お目当てなのは古墳ですが、公園の案内図はオオムラサキとかの蝶々に関するものばかりで、古墳のコの字も出てこない。ウロウロと探し回ったのですが、Toyofusaさんが「あの盛り上がりが怪しい」というトコに行ってみました。すると、差し渡し10〜20mくらいの木の生えた盛り土がボコボコとありました。どうやら古墳らしいです。写真を撮って回ってると、さらにボコボコと古墳がありました。

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こんな感じで古墳がボコボコありました
大昔は王家の谷ぽかったんですかねぇ?


   あらかた写真を撮り終わったころ、公園の出口にやっとこ、この山王古墳群の案内板が出て来ました。元々は100基近い古墳があったそうですが、今は20基くらいしか残ってないそうです。この近辺の古墳文化の終末点だそうで、結構歴史的価値があるそうですが、現在では蝶々の方が大事な扱いになっていました。

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駅に向かう道すがら見かけた光景
キリスト教の教会とスケボーショップ
ものごっついコントラストですw


■撤収
   蝶の里公園から武蔵嵐山駅までは、ものの20分くらい。途中でファミレスにでも入って飯食いますかー、とか言ってたのですが、ファミレスはおろか定食屋さえない。とうとう駅まで着きましたが、結局駅前にありがちなラーメン屋だけしかありませんでした。もっとも、このラーメン屋さん、結構美味しかったです(オージービーフのあとは何食っても美味いかもしれない)。
   あとは電車乗って帰るだけだったのですが、この日、低気圧がどうのこうので煙霧が発生。電車は止まりまくり、走り出しても架線にビニールが引っ掛かったとかでまた止まる。結局、地下鉄に乗り換えて、ウチに着いたのは1700時前でした。この時期にキャンプすると、毎回帰りが遅くなる事件なり事故が起こるのですが、今回も例に漏れませんでした。もっとも、駅に向かっている最中に煙霧が発生してたら、花粉症どころの騒ぎでなかったので、幸いではありましたが。

20130310_130044
いきなりの颶風で辺りは一面真っ黄色
もっとも自分は前の晩から花粉にやられてましたが
この時期は花粉対策が必要ですねぇ


   今回のキャンプでは、米の飯は一切炊かず、基本的に乾燥食糧を活用したのですが、お陰でクッカーはキャンティーンカップ1個で済みました。もっとも、オージービーフはToyofusaさんがメスパンで焼いてくれたのですが。ソロキャンプの装備の中で、クッカーは意外に削りにくいアイテムですので、その場合は食べる物の内容を考えれば、軽量化できるというのがよく判りました。
   オージービーフは、「まさか」出てくると思ってなかったのですが、あんだけ食って痛風にならなかったところをみると、意外に健康食品です。あとは、如何に美味しく食べるか、あるいは美味しいと感じれる様になるかですので、今後の取り組みにおいて研究を進めていきたいと思います。

20130310_165358
ともあれ無事に帰って、ネコ達の出迎えを受けました






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tanisi_corp at 17:00コメント(0)
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