旅行系

2018年02月16日

   ワタクシ、どちらかというと物見遊山系の旅行はあまり好きな方ではなくて、用事がない限り旅行はないのですが、ご縁に恵まれ結婚したからには新婚旅行に行かないかんという運びになりました。で、嫁さんにどこに行きたいかリクエストしたところ、「離島に行きたい」とこれまたかなりアバウトな要望で、果たしてどうしたもんかと困ってしまいました。自分のイメージする離島とは、ウェーク島とかメレヨン島みたいな、今では行くのも大変な島ばっかで無理。そこで手っ取り早く八丈島あたりに行こうかと思ったのですが、この時期は天候が良くなくてよろしくないとのこと。
   そんなおり、ふと思い出したのが、毎年11月に開催されている三宅島エンデューロ。前から出たいと思いつつ果たせてないのですが、実際自分が走れるかどうか、前もって見に行く事にしました。

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出発は浜松町の竹芝桟橋から
浜松町には昔、ミリタリーイベントで何度も来てましたが
ここから船に乗るのは初めてです

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せっかくの記念行事ですので
高い船室頼んでも良かったのですが

「2等船室でいいですー」と言われたので
本番同様で行く事にしました



■初めての航海
   三宅島には、飛行機やヘリコプターでも行ける様ですが、値段も高いですし、本番の予行演習の意味もあるので、船で行く事にしました。乗船は乗船は2230時という事ですので、少し余裕を持って出発し、浜松町で夕食を食べる事にしたのですが、実際には、チケットの交換とかを済ませると、乗船まで30分くらいしか時間がなく、ゆっくり食事してる暇はありませんでした。
   近所のすき家で牛丼特盛玉付きを掻き込み、一緒に乗船する若い人らにならって、パンだのカップ麺だのを買い込み、予定通り2230時に乗船。船に乗る事自体が10年ぶりなので、結構ワクワクしてました。乗船後、ただちに自分の船室を確認。2等船室ですので、雑居のごろ寝になる訳ですが、繁忙期でないせいか、あてがわれた船室には自分らしかいませんでした。
   とにかく、見るもの全てが珍しかったのですが、意外というか驚いたのは、船速が結構速い事。離岸したかと思ったら、あれよあれよと言う魔に東京タワーが遠くなり、川崎の工業地帯に入り、さらに船速を増して行く感じでした。
   また、船内にはレストランもあったのが意外というか、あるのが分かってたなら浜松町で慌てて牛丼食わんでも良かったなー、という感じ。すでにその特盛で腹一杯だったのですが、見つけてしまったが最後、せっかくなんだから食わんといかんよな、という事で、いつものレースの時の様にカツカレーを食べました。(これが後ほど、えらい事になる)

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これが2等和室
一人分のスペースは結構狭いです

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備え付けであった白布
腕を通す様に出来ていましたが
どうやって使うのか分かりませんでした

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竹芝桟橋を離岸
速度の早いのに驚きました

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東京湾の夜景は結構見モノでした

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値段の割には、というのはどこ行ってもそうで
こういう時だからこそ食べたいもんでもあります


   そのまま甲板で遠ざかる陸地を眺めてるのも良かったのですが、結構風がキツくて寒しし、夜間航行では安全のため、0000時から0400時までデッキへの扉を閉める、という事で船室で横になる事にしました。
   ところが、床から伝わるエンジンの振動や船自体の揺れが、予想してたより気になってなかなか寝つけません。東京湾から外洋に出て、最大船速になってからはさらにその傾向が大きく、胸苦しくて、起きてるんだか寝てるんだか分からない状態。とうとう気持ち悪くて目がさめ起きたのですが、船酔いのせいなのか波浪のせいなのか、廊下を歩く足も千鳥足で、余計気持ち悪くなる始末。とうとうトイレに駆け込み、洋式便器に顔をうずめて戻すものの、出るのは胃液の希釈したのばかり。
   フラフラになりながら船室に戻り、寝れる気がしないまま横になりました。その状態で起きてるんだか寝てるんだか分からんまま、1時間ほど過ごしていると、三宅島接舷のアナウンスが流れました。0500時、ムカムカフラフラしながら下船し、出迎えを頼んでたペンションの車に乗り込んだものの、精も根も尽き果てた感じで、こんなんでレース走れるのかと不安になりました。

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船窓から見た海原
予想をはるかに超える速度で航行してました
もちろん、揺れも結構なものでした

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下船用意
いつもならワクワクする場面ですが
船酔いでフラフラでした

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今回自分らを運んだ東海汽船の橘丸
帰りもこの船でした


■足で回るのは無理
   ペンションに入ったのは0530時頃、朝食は0700時からだという事で、それまで仮眠する事にしました。が、まだ船酔いが続いていて、眠いのよりも気持ち悪い方が勝っていて、なかなか寝つけませんでした。やっとこさ寝たかな、と思ったら、今度は朝食で起きなければならず、朝食食べた後も寝不足と船酔いの余波が残っていて、動き出す元気がありません。本番では0830時から移動という事になっていますが、この状態ではとてもレース走れる感じじゃありません。ともあれしんどい状態では何も出来ないので、昼前まで寝る事にしました。
   目が覚めた頃には、船酔いは覚め、寝不足も解消されていました。昼食は外で食べる事になっているのですが、幸い船酔いの余波で全然腹が減っていません。そこで、予定通りに徒歩行軍で第1パドック近傍まで散策する事にしました。
   ところが、歩き出して気がついたのですが、「意外と結構大変だぞ」という事。地図で見てる分には大した事ないと思っていたのですが、実際に歩いてみると、それなりにアップダウンがあって結構体力を食われるのです。しかも、反対方向に歩いてたりして、余計しんどい事をしました。
   とはいえ、歩くしかないので、第1パドックに向かう雄山林道の起点である錆ケ浜を目指して行軍を続けました。途中、レンタルバイク屋を見つけたので、バイク借りようと思ったら休業中。仕方ないのでさらに歩き続け、雄山林道の急な坂に入ったのですが、行けども行けども第1パドックが見つからない。もしかしたら間違えたかかもなー、と思ってた時、通りがかかったバンの親切なおじさんに拾って貰う事が出来て、七島展望台まで連れてってもらえました。
   その後、ペンションのある阿古地区近辺の名所も案内して貰えて、翌日以降の観光の目処も立てる事が出来ました。

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初日の朝食
美味しかったのですが、胃袋の元気がありませんでしたw

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島だけあって、あちこちに降りれる砂浜があります
夏は海水浴客で賑わいそうです

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「江戸と昭和の溶岩流をたどるコース」
40分と書いてあるから楽勝かと思ったら
歩きでなく自動車で、との事(爆)

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本番では、この道をコースまで自走するはずです
歩きではかなりキツイ坂道でした

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七島展望台
雲がない時は富士山や八丈島も見えるとの事

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初日の夕食
金目鯛の鍋が美味しかった^^


■全島一周ツーリング
   休業してたレンタルバイク屋さんと連絡を取る事が出来、2日目はスクーターを借りて行動する事にしました。
   まずはレース予定地である七島展望台に向かい、実際にコースの跡を歩いてみました。まず感じたのは、猛烈に風がきつい事。うっかりすると吹っ飛ばされそうなくらいの風で、止めていたスクーターの向きが変わってるほどの風力です。今までの経験では、風の影響を受けた事はまずないのですが、もし本番でこの風が吹いたら、相当注意しないと危ないな、と感じました。
   路面はほぼほぼ火山灰で、地面の硬い所はコケたらヤスリで削られる様なダメージを受ける予感がしました。逆に締まってない地面は火山灰がザクザクとしてて、大雑把なサンドの様。降りではグリップせず、登りではパワーを食われる様な気がしました。七島展望台のそばも走る様ですが、例の風で流されたり飛ばされたりすると、崖落ちしてしまうかもなー、とか思ってました。
   しかし、直線区間も結構ながく、アケアケで走るイメージです。そして見晴らしがとにかく良い。コースから見下ろす海は、とても素晴らしいもので、参加した人がリピートするのも分かる気がしました。

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FTRもあったのですが
タンデムするならスクーターの方が楽です
ちなみに、1日6000円でした

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あちこちにラインが残るコース跡地
なかなか良さげなコースです

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登り降りもあって、飽きさせないコース設定の様です

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地面の様子
風がキツく、歩いた時に砂埃が飛んできて目が痛かったです

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見て回ったの6kmあるコースの一部ですが
楽しめそうなコースでした

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この近辺は元々牧場だったとかで
案内してくれたおじさんも
牛のおかげで上の学校に行けた、と話してました



   コースの視察をした後、スクーターで全島一周を走ってみました。その昔、石原前都知事がマン島レースを真似て、三宅一周道路でレースやろうと言い出したのが、今の三宅島エンデューロの発端だった訳ですが、確かに走ってて楽しい道路です。
   三宅島は火山島なので、噴火に由来する観光名所が沢山あります。またアカコッコに代表される野鳥も多い島だそうです。
   ちなみに、職場に送る土産物を買おうとあちこち回ったのですが、大抵は締まっているか、もうやってないかのどちらかで、見つけるのが難儀しました。もしかしたら繁忙期にはやってるのかもしれませんが、ともあれ一軒だけ見つけたお店で土産物を買い込み、近くの郵便局から発送しました。

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アカコッコ館のそばにある大路池
2500年前の噴火の跡

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ここは1983年の噴火で溶岩に飲み込まれた阿古地区
今は火山体験遊歩道が作られています

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あたり一面の溶岩のあと
噴火直後は3ヶ月経っても地面が熱かったとか

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溶岩を堰き止めた阿古小中学校跡
2階まで溶岩が溜まってます

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案内板についた塩の結晶
海からの波しぶきがすごいんです

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地元のラーメン屋さんで
三宅島名物の岩のりラーメンを喫食
歯ごたえ十分でした

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三宅空港のそばの海岸
丸くなった溶岩がゴロゴロしてました


■出航まで
   今回の日程は2泊4日という事で、4日目の午前にチェックアウトですが、船が出航するのは1330時という事で、出港時間までペンションの近所を散策しました。前日に引き続き、やはり火山由来の名所です。今回も歩きで回ったのですが、これが結構な運動です。その代わり、スクーターでは見落としそうな所も見て回れました。

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メガネ岩
1600年代の噴火による溶岩を海の波が侵食して出来た地形
ゴツゴツの溶岩の上を歩けました

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落ちたらタダでは済みませんw

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こちらにも岩がかかってたそうですが(メガネ状だった)
昭和37年の噴火で落ちたそうです

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メガネ岩を作った溶岩の火口を見に行こうとしましたが
ここに上がってくるまでにヘトヘトになりました

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火口の周りに遊歩道が作られているらしいですが
今回は疲れたのでパスw

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1983年の噴火で溶岩に埋まった自動車がありました

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エンジンやサスペンションの板バネなどが見えます


■次は11月に!
   いよいよ出航。来た時は三池港で下船したのですが、帰りは伊ケ谷港という事でペンションから送ってもらいました。この4日間、実際に話しをした人は少ないのですが、みなさん、三宅島エンデューロの事はご存知で、是非出てくださいと、歓迎する意見一色でした。反対する意見もある様ですが、2007年よりあしかけ10年、島のイベントとして定着してる感が見受けられました。
   帰りの船は1330時着岸という事で、その30分前に島の薬局で買った酔い止めを服用しました。この薬の効果は絶大で、全然船酔いもなく、東京湾に入るまで船の揺れも振動も気にする事なく爆睡してました。今回の旅行で最大の成果は、如何に船酔いを防止し、効率良く睡眠を摂るか、という事を学習する事であったと思うのですが、結論からいうと、出航前に酔い止めを飲み、東京湾の夜景など眺めて遊んでるのではなくて、浦賀水道を抜けるまでの低速航行の間に寝てしまう、これに尽きると思います。
   これらを踏まえた上で、装備その他を研究し、是非、11月の三宅島エンデューロを目指したいと思います。

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定期便が入港する港は3箇所ほどあるそうですが
天候や波の状態などにより、1100時に入港する港が決まるとの事

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帰りの船も東海汽船の橘丸でした

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橘丸って、どっかで聞いた事あるな、と思ったら
先代は陸軍の病院船をやっていて
米軍に拿捕された船でした

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帰りも船内のレストランで明日葉カレー食べました
明日葉は三宅島の至る所に生えています

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酔い止めを飲んでいても、船内を歩くと
視線が鼻先に狭窄する様な感じがして気持ち悪かったです
横になってるのが吉です

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アディオス!次回は11月に!






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tanisi_corp at 22:00コメント(0)

2014年08月19日

   去年の明日香村作戦で、あわや熱中症になりかけた経験から、今年はちっと涼しいところに行こうと考え、艦これブームにあやかって舞鶴の軍港に遊びに行こうと思ったのですが、予定日の前日に大雨が降って福知山が冠水。交通網も怪しい状態になっているみたいなので取りやめました。
   仕方ないのでどうしようかなーと思っていたら、堺の方の古墳にタヌキが住んでるを思い出し、調べてみると、タヌキの古墳の直ぐそばに日本一(“古墳”は日本にしかないので、日本一という事は世界一w)の古墳、仁徳天皇陵がある事を発見。というか、その回りは古墳がゴロゴロあって、とても1日じゃ回り切れない。そこで、仁徳天皇陵、御廟山古墳、たいすけ古墳(タヌキ居るとこ)、履中天皇陵の4カ所を回る事にしました。

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JR阪奈線百舌鳥駅前にあった地域地図
今回回った古墳が全部入っています



■百舌鳥古墳群
   仁徳天皇陵ってのは、大抵の人は歴史の資料集なんかで写真を見て知っていると思うのですが、それが元々は100基近い古墳の中にあって、現在も45基も残った古墳の一つだ、という事はあまり知ってる人は居ないかもしれません。かくいう自分もそうでした。ついでに言うと、実家から電車で1時間ちょっとの所にあるのに、この歳になるまで一度も“日本一の古墳”に行った事がない訳で、まぁ、ある意味、興味のない人にとっては古墳は出かかろうが大して興味の対象にはなってない、というのを示していると思います。
   さて、今回探訪する古墳は、JR阪奈線の百舌鳥駅を基点として全部回れる位置にあります。今回もレンタルサイクルを借りる事も考えたのですが、そこまでしなくても徒歩行軍で十分回れそうです。なんと行っても、駅ほ歩道橋の上から仁徳天皇陵なんかは見える訳です。ただし、猛烈な猛暑ですから、水分補給だけは忘れる事は出来ません。その点でも、去年の明日香村と違って、古墳と古墳の間が迫っているので移動しやすい事、自販機などは結構ある事、街中でもあるのでコンビニもそこそこある、という事で、補給には難儀しなさそうでした。

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JR阪奈線百舌鳥駅
なんと無人駅でしたw

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駅前にあったファミマで、フローズンなんとかを補給
住宅街だけに、コンビニはそこそこありました


■仁徳天皇陵
   仁徳天皇陵は、百舌鳥駅から歩いてものの10分もしない所にあります。日本一の古墳だけに、側で見てると、その大きさがイマイチ判らんほどです。その大きさを実感するには、古墳の回りを1周歩いてみるのが良さそうです。同じ様な事を考える人が多かったのか、仁徳天皇陵の回りには遊歩道が整備されているとの事。だったら歩いてみるにしかずです。
   まずは拝所に移動。日本一の古墳だけあって、地元のボランティアのガイドの人が、観光客相手に関西弁丸出しでガイドをやってました。ところで、この仁徳天皇陵は、いわゆる前方後円墳なのですが、写真やイラストでは円墳が上、方墳が下、いわゆるガキ穴の形で写されたり描かれたりするので、てっきり円墳が上のイメージを持っていますが、前方後円墳という様に、前が方墳の方で後ろは円墳です。なので、前方後円墳の場合、拝所は方墳の頂点(まぁ、一般的イメージで行けば底辺)の所にあります。
   さて、さっそく行軍開始。どっち回りでも構わないのですが、何となく半時計回りに歩き出しました。とりあえず、てくてくと脇に古墳を眺めながら歩く。ひたすら歩く。古墳には鉄柵がしてあって中には入れないのですが、細い道路を挟んで反対側には、普通の住宅が並んでいます。当たり前の様に、家の前に日本一の古墳があるのは、ちょっとシュールな感じでした。
   そんなこんなで、だらだら写真撮りながら歩く事、約38分。元の拝所に戻ってきました。もっと時間掛かるのかと思ってたのですが、2.8kmはそんなに長い距離ではない様です。しかし、歩いてみて感じたのは、側から見える古墳の部分というのは、周濠に設けられた堤で、これにも木が植わっているので墳墓それ自体は見えない、という事です。自分らがイメージしてる仁徳天皇陵は、空から撮影されたもので、実際現地で見てみると、ただの鬱蒼として岡にしか見ない、というのが率直な感想でした。

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仁徳天皇陵の模型
仁徳陵の回りには、10基ほどの陪塚があります
(それも地方豪族の古墳規模)

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仁徳天皇陵の説明書き
しかし、鹿の耳から鳥が出て来たって、、

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天皇陵には、必ずこの注意書きが掲げられます
でも、時たま侵入して捕まる人がいますねぇ

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仁徳陵の回りには、こんな風に遊歩道が整備されています

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遊歩道には、こうした距離と位置を示す石碑が
所々に設置されています

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しかし、窓を開けたら目の前が日本一の古墳
すごい所に家が立っているもんですw

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陪塚の一つとされている、永山古墳
暑かったので、遠望して通り過ぎました

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そのデカさ故に
大昔から色んな作品に取り上げられていた様です

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あまりに暑くて、のぼせてましたw


■堺市博物館
   とはいえ、炎天下の中を2.8kmも歩いた訳ですから、いい加減暑くて疲れてます。ともかくクールダウンが必要という事で、仁徳天皇陵そばのお洒落な喫茶店に入り、マンゴーのかき氷とグレープフルーツジュースを注文。汗だくの短パンのおっさんがかき氷食う様は、ちょっとアレな感じですが、外聞憚ってる余裕はないので、バクバク食ってクールダウンしましたw
   ようやく汗が引いた訳ですが、すぐさま次の古墳に行こうか、という元気まではまだありません。ふと前を見ると大仙公園(この中にも小さい古墳がいっぱいあるw)です。その中に、堺市博物館があるのが判りました。せっかくですし、クールダウンがてら入ってみる事にしました。
   入場料は200円、規模としては小柄な博物館ですが、なんと言っても45基も古墳が集まってる場所だけに、出てくる物も結構すごくて、立派な物ばかり。個人的には軍装に関心が向いてしまうのですが、そんな人の為に、レプリカの兜や短甲なんかも置いてあったりして(兜は被りましたw)、結構楽しいです。
   とはいえ、見たいもの見たら、小一時間ほどで見終わってしまいました。まぁ、時間的にもお昼なので、適当にファミレスかラーメン屋か牛丼屋にでも入ろうと思ったのですが、その手の店はまったくありません。コンビニで買い食いは出来ますが、いい加減足が疲れてるので、座って食べたい訳です。結局、百舌鳥駅前に唯一あった、如何にも田舎にありそうな定食屋に入ったのですが、予想に反して美味しくて、ご飯大盛りお代わりしてしまいましたw

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とりあえずクールダウン
もう一杯お代わりしたかったですw

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この中にも古墳がゴロゴロあるのですが
見て回る気持ちの余裕はありませんでしたw

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堺というと、古墳よりは
織豊次代の自由都市のイメージの方が強かったりします

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出土品の甲冑
案外、完全な形で残ってるもんですね

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埴輪ももちろんあります
ちなみに、仁徳陵には2万体の埴輪が使われたとか

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堺市博物館の展示の半分は
自由都市次代のもので、それも見応えがありました

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やっとありついたお昼ご飯
他人丼に豚汁を頼んだのですが、ご飯も追加しましたw

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普段、この手の店には入らないのですが(ハズレが多い)
ここはとても美味しかったですw



御廟山古墳〜たいすけ古墳
   ちょっと食い過ぎたかなー、とか思いながら、iPhoneのマップに案内されて、御廟山古墳へ。こちらも住宅のど真ん中にあるのですが、それなりに結構大きな前方後円墳です。仁徳陵の様に堤がないので、柵越しに周濠に浮かぶ墳墓を拝む事が出来ます。自分が見た方角は、前方墳側からですが、それとして形が判るのが興味深かったです。とはいえ、この御廟山古墳は通過点なので長居せずに通り過ぎました。
   ふたたび住宅街をてくてく歩く事、15分ほど。今回の作戦の目標、いたすけ古墳に辿り着きました。そして、期待に胸躍らせながら、半壊した橋を見てみると、、、、タヌキの姿は見えず、代わりにいたのは番いの鴨と首伸ばした亀だけでした。まぁ、内心そうじゃないかなーと思っていたのですが、この糞暑い時期に、いくら夏毛に生え変わってるととは言え、タヌキが日光浴してるはずもなく、どこか涼しい所で日中は寝てるに違いありません。
   それでも、夕方まで待ってみようかと思ったのですが、日陰さえない住宅街の真ん中で、出てくるか判らんタヌキを待っていたら、熱中症で神に召されてしまいそうです。そもそも、タヌキどころか、人っ子一人居ないのです。このままここで頑張っていても仕方ない、と諦める事にしました。

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御廟山古墳のパノラマ写真
iPhoneでパノラマ撮影すると、墳墓が小さく写る様な気がしますw

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住宅地の中に埋もれる様にある古墳でも
やっぱ観光資源には違いない様で
古墳ごとに周遊路が整備されていました

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いたすけ古墳に向かう途中にあった善右エ門古墳
思わず見落とすところでしたw

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地方豪族レベルの古墳は宮内庁管轄でなく
都市の教育委員会の管轄ですw

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ようやく、おめあてのいたすけ古墳に到着
良く晴れた、良い写真が撮れました

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冬場なら、この半壊した橋の向こうに
タヌキの家族が姿を表すそうですが
今回は鴨のつがいと、亀だけでしたww

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ぼけーっと眺めていたら
亀がワラワラ集まってきました
エサでも貰っているのかな?


■履中天皇陵
   さて、本日のファイナルミッション、履中天皇陵は、やはり住宅街のど真ん中にあります。いたすけ古墳からは歩いて大体30分くらい。またも炎天下の中の行軍です。結構しんどかったのですが、なんと言っても最後のミッションですから、歩き続けました。
   と、そうこうしているウチに、家と家の間から、ドドーンと履中天皇陵が見えてきました。履中天皇陵は、仁徳天皇陵と違って堤がないので、墳墓が丸見えです。それだけにかなりデカイなーという印象を受けました。履中天皇陵は、日本で3番目にデカイ古墳との事。つまり、サイズ的には仁徳天皇陵と変わらんくらいのビッグサイズなのです。熱にノボせた身体で歩いていくウチに、周濠に辿り着きました。
   履中天皇陵は、仁徳陵と違って、周濠の周囲は遊歩道化されていません。すなわち、住宅の裏、生活道路に面した状態でドドーンと存在しているのです。その周濠は広く、墳墓は山高く、第3位といえども迫力満点です。仁徳陵だって、もし中に入れたら、このくらい、いやこれ以上の迫力があるはずです。
   しかし、この時すでにいい加減足は歩き疲れ、身体はオーバーヒート気味で、古墳を見れただけで満足して、あとは早々に最寄りの上野芝駅に向かい、コンビニでクールダウンして本日の作戦を終了しました。

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住宅街の彼方に偉容を示す履中天皇陵

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履中天皇陵のパノラマ写真
前方墳の右斜め辺りから撮影

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風致地区ってのがあるのを初めて知りました

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履中陵の拝所
その脇まで民家が迫っていますww


■まとめ
   さて、今回生まれて初めて日本一大きい古墳を訪れた訳ですが、意外に思ったのは、仁徳天皇陵が世界遺産には登録されてない、という事でした。面積においては、エジプトのピラミッドや、中国の始皇帝陵よりも広い墳墓で、十分世界レベルの規模であると思うのですが、まだ登録されていないのです。もちろん、地元では運動がある様ですが、全国的に見た時、そうした運動がどの程度まで知られているか、ちょっと疑問です。
   もう一つ感じたのは、現代人の視線では、これら巨大古墳の偉容を、古代人の視線で感じる事は困難なんだ、という事でした。博物館に展示してあった、仁徳陵建造当時の風景図では、古墳の回りにはほとんど民家などなく、海からは古墳が丸見えで、古墳の側でもその巨大さを仰ぎ見る事が出た様です。ところが現在は、古墳のギリギリの所にまで家が立ち並び、家々の屋根の下に古墳が没している様な感じです。自分たちが古墳というと、空撮された写真を印象する訳ですが、古代人は下から仰ぎ見る、もしくは遠方から望遠する、といった見方をしていたに違いありません。その意味で、日本一の古墳の偉容を感じ取るのが困難であったと感じました。
   最後に、博物館でガイドの人が(これまた関西弁丸出しで)説明してたのを小耳にして、おやと感じたのですが、実は建造時期は仁徳陵よりも履中陵の方が先である、との事。系図では履中帝は仁徳帝の次代なので、順番的におかしい訳です。とはいえ、天皇陵は全部宮内庁の管轄で、勝手に調査したりする事も出来ない訳で、考古学的な研究はぶっちゃけ出来てない様です。万世一系の大君の神話性を守りたい気持ちも判らないではないですが、それ以上に考古学的な研究を進めた方が、古墳作らせた人にとっても嬉しい事なんじゃないかなー、とか思いつつ、阪奈線に揺られて帰りました。

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百舌鳥駅の歩道橋から撮影した、仁徳陵のパノラマ写真
屋根の上から、辛うじて墳墓が覗いてます

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仁徳陵建造当時の予想図
次代の履中陵の方が、木が生えています
(つまり、履中陵の方が建造時期が古い)

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こんな風に古代人が古墳を見たかどうか判りませんが
世界文化遺産になって欲しいものですw






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tanisi_corp at 20:00コメント(2)

2013年08月31日

   月をまたいでバイクをオーバーホールに出したので、8月最後の土日はノーバイクデーになりました。そこで泊まり掛けでハイキング&キャンプに行く事になったのですが、非常に大型の台風15号が週末に本土直撃、という予報が出た為に、土曜日のみの日帰りの作戦に切り換えました。まぁ、泊まりの装備を担いでこの時期に山歩きしたら、相当に疲れる事が予想できたので、かえって軽装になれたのはラッキー、とか思いながら装備を調えました。

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日帰りならアサルトパックだけで十分ですが
実は高麗川で水遊び出来るように、水着とかビーサンまで入れたので
結構パンパンでしたw



■Marine Cooling Vest
   この作戦の2週間ほど前に、友達とのネタ話しで盛り上がったのが、アメリカ海兵隊が使っているメッシュ貫頭衣の話し。ボディーアーマーの下に着込むベストなのですが、断層のあるメッシュ生地がボディーアーマーと身体の間の風通しを良くして、熱を溜め込まずクールダウンさせるというものなのですが、見た目がどう見ても縄文人辺りが来てた様な感頭衣なのです。恐らく、様々な素材や装置を考え尽くした挙げ句、かなり原始的な装備に行き着いたと思われるのですが、あまりにもネタ的過ぎて面白可笑しい。まぁ、真剣さも通り越すと笑いになってしまう典型の様なベストです。
   ところが、このメッシュ貫頭衣、あまり日本には入ってきてないのか、国内で買えば結構なお値段になるとの事。忠実にコスプレしたい人にとっては、金に糸目は付けないところでしょうが、さすがに万もついては買う気になれない。ところが今回、eBayで半額セールで売ってるところを発見。送料込みで4000円ほどで買えるのが判ったので、さっそくネタとして購入しました。
   10日ほどしてブツが届いたので、早速着てみたのですが、eBayに載ってた写真では貫頭衣の前後を留めるストラップが腰の所にきて如何にも貫頭衣だったのに、自分が着てみるとストラップが胸の辺りにきて、貫頭衣の裾が腹の辺りに来る。かなり寸足らずな感じで、貫頭衣としては前もケツも丸見えの状態です(実はネタ話しで、このメッシュ貫頭衣を着て竪穴式住居で写真撮影する話しが出てた)。しかし、よくよく考えてみれば、ボディーアーマーは精々腰の辺りまでしかない訳で、大きさ的にはこれで十分なのです。むしろ見本のマネキンがかなり小さかったのでしょう。
   メッシュ貫頭衣のメッシュは、難燃樹脂製で感じとしては玄関に敷いてあるマットみたいです。恐らくコレ用に開発した物ではなくて、もともと何か他の目的で使われていた素材を流用してるんじゃないでしょうか。端っこはザックリ切ったままですが、首を通す穴はちゃんと縁取りされてました。本来はボディーアーマーの大きさに合わせて端っこを切る様ですが、切ったら転売する時に困るのでそのまま使う事にしました。

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これがマリーン・クーリングベスト
ホームレスでももうちょっと良いモン着てそうな見映えです

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全面蜂の巣模様ですww
お世辞にもカッコイイとは言えませんw
もちろん、ウチから着ていく勇気もありませんwww


■ブーツ修繕
   自分が履いているアメリカ海兵隊のコヨーテカラーのコンバットブーツは、まだサバゲーをやっていた8年前に、予備として買ったもので、新品で一度も履かず8年間靴箱の中で保管し、今年になってから履き始めたのですが、まだ4回ほどしか履いてないのに土踏まずの辺りからソールが剥がれ始めました。サバゲーで使っていた中古のブーツは、今でもしっかりソールが付いているので、いささかショックを隠せないのですが、まぁどんな良い物でも8年も履いてなかったら悪くなってしまう、という事でしょう。買い直すとなると1.7万円はしますので、駅前の靴修理屋に持って行く事にしました。
   ところが、この手のブーツはあまり扱った事がないのか、貼り付けるだけだったらOKだけど、圧着させてる場合はここでは修理出来ない、との事。とはいえ、物を調べてみない事には分からないという事だったので、預ける事にしました。ともかく、貼り直しは確定らしく、目の前でべローンとソールを剥がされた時は、ちょっとモヤモヤした物を感じましたが(剥がれて浮いてる部分だけボンドを流し込んでくっつけると思ってたから)、餅は餅屋なので任せる事にしました。
   果たして2日後、ブーツを貰いに行ったのですが、ソールはガッチリくっつけられていて、完璧でした。若干短くなったとかで、踵の所が1ミリほど段が付きましたが、まぁ剥がれ落ちる事を考えたら無問題です。店の人に、実は海兵隊のブーツだと話ししたら、エライ驚いてましたが、駅前の靴修理屋でマリーンのブーツが修繕できる事が判ったのは収穫でした。

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どういう訳か、土踏まず付近から剥がれ出したソール
8年も置いておくと、接着剤が劣化するみたいです

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駅前の普通の靴修理屋に修繕して貰いましたが
ばっちり直してくれました



■飯能〜天覧山〜高麗峠〜巾着田
   今回のミッションは、まぁ、巾着田でアルスト使って何か食おうってのがメインなので、最寄りの高麗駅から歩いても良かったのでしょうが、それじゃ腹も空かんという事で、飯能駅に0900時に集合。6月のホタル作戦の時の道順で歩いて行く事になりました。
   例のクーリングベストは、ウチから着込んでいこうと、アンダーシャツの上に着てみたのですが、なんぼアサルトパックを背負うと言っても、町中や電車の中でアレを着て歩くというのは、羞恥プレイ以外の何者でもないので、無茶は止めて畳んでアサルトパックに縛着し、現地に着いて人目が少なくなってから着る事にしました。
   天気は良く、残暑盛りな中でゆっくり行軍開始。でも開始と同時に汗がダラダラです。途中コンビニでお茶など補給しながら天覧山に突入、休み休み急な坂を上がり休憩場で小休止取ってから、いよいよクーリングベストの投入です。着てみてまず判ったのは、意外に涼しいという事です。まぁ、スッカスカのメッシュですので涼しくて当たり前なのですが、もっと驚いたのはアサルトパックを背負った時、メッシュ貫頭衣を着てない時よりも軽く感じた、という事です。メッシュで背中とパックの間に空気が行き来しますので、汗でベッタリつく不快さもありません。見た目は確かにアレですが、さすがアメリカ海兵隊が採用するだけあって、なかなかの使い心地でした。
   そのまま、時々休憩を挟みながら、ノンビリとハイキングを続けましたが、この間、大汗はかきましたがクーリングベストなしで歩いているよりは遙かに快適に歩けました。

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天覧山の案内板の前で
この時点ではクーリングベストはまだ着てません


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山中にて小休止
見た目はイマイチ、と思ってたのですが
山の中では「コレもアリかな?」とw

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ドレミファ橋に到着
既に家族連れで結構な賑わいになってました


■帰りはバスで
   巾着田には昼前頃に到着したのですが、夏休み最後の土曜日とあってか、前に着た時よりも人出で賑わっていました。汗だくで暑くて火炊いて何か食おう、という気にはなかなかならなかったのですが、ともかく先に川原に降りて日陰を確保。周りは家族連れや大学のサークルっぽい人の中で、軍装3人組がドテーっと伸びて雑談してる光景はなかなか異彩を放っていました。
   いつまでもダベっているのも何なので、アルスト出して焼き物を始めました。今回は自分も豚肉を持って行ったので、ユニフレームの角形フライパンを持参しました。米軍のメスパンも持って行ったのですが、油を引いても焦げやすいのに対して、ユニフレームの角形フライパンはフッ素樹脂でコーディングされてますので、焦げもせず後始末もトイレットペーパーで拭いて終わりです。
   実は「ほぼ千葉県限定」のアラビヤン焼きそばとか、「関西限定」の伊藤ハムのポールウインナーも持って行ったのですが、帰りの行動に支障を来すほど腹パッツンで、お友達2人に進呈いたしました(で、まんまと自分だけ荷物軽減ww)。野菜はともかく、ご飯もなしに肉系ばっかり食うのは、さすがに年齢的に厳しいもんがあるかもしれないのと、ゆっくり食えば良いのに次から次へと焼いて食ってしまい、何に慌ててるんだと思わないでもない一方、休んでるウチに腹が膨れてしまい持って行った物が食えなくなってしまう事態にも陥るという具合で、相変わらず訳判らん事やってましたw
   昼を過ぎてから、さらにBBQ客が増えて来たので、用事のなくなった自分らはケツに根っこが生える前に撤収しました。まぁ、よしんば泊まるつもりでも、あんだけ人大杉の状態ではしばらくテントは立てられなかったでしょうから、日帰りで正解だったかもしれません。
   帰りは、前回は高麗駅まで歩いたのですが、高麗駅まで歩いても駅前に涼める店がある訳でもないし、今回はバスを使って飯能駅まで戻りました。1時間に2本しかありませんので少し待たされましたが、それでも暑い思いして高麗駅まで歩いて、さらに飯能行きの電車を暑いホームで待つよりは、涼しいバスで楽々と飯能駅まで行った方が今回は正解でした。

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毎度お馴染みオージービーフ
今日のは値切り品じゃなかったせいか、かなり美味かったです

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こちらは豚ロースの味噌漬け
ちょっと甘すぎましたが、ご飯が欲しくなりました

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こちらもお馴染み、チーズインソーセージ
2本食って撃沈ww

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撤収する頃には、さらに人出が
川遊びする人で、ガンジス川の様になってましたw

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巾着田から高麗駅まで、歩いて大体15分くらいなのですが
道中珍しいものがある訳でもないので
バス乗った方が楽できますw






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2013年08月22日

   一昨日の明日香村作戦で今回の帰省での古墳ツアーは終了のつもりだったのですが、親父が向日市にある古墳に連れってやるというので、素直に言う事を聞いて見に行く事にしました。
   向日市というのは、自分の実家がある長岡京市の上(つまり北)にある街で、昔から「向日町(むこうまち)」と呼んでました。ついでに言うと、長岡京市はもともとは「長岡町(ながおかちょう)」で、どちらの街も1972年に市制施行されているのですが、今だに向日町と呼ぶ事が多いので(向日町の名を関した施設やランドマークも多い)、本作戦も向日町の名を冠する事にします。
   ところで、長岡京市というと、如何にも昔、長岡京市に長岡京があった様な印象を持たれるのですが、朝政が行われた大極殿は実は向日町にありました。それが何で向日町になったかというと、市内にある向日神社の名に由来するとの事です。

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古墳とは何の関係もありませんが、実家猫のレオ
新生児の姪御に両親の関心が向いてて
この一ヶ月、ご飯と水以外はあまり構って貰ってなかっとかw



■物集女車塚古墳
   連れて行かれたのは、ウチから車で約15分ほどの所にある物集女車塚古墳。長岡京にも「車塚」と名が付く古墳が多いのですが、車塚の車は、昔の貴人が乗る車の事で、この名前が付く古墳は大抵は前方後円墳です。長さ43〜48m、高さ7〜9mと大きめの古墳で、間近に立ってちょっと圧倒されました。
   古墳の周囲は公園化されているのですが、整備された古墳は大抵柵などしてあって中に立ち入れないのですが、この古墳にはそうした野暮な物がなく、古墳の上に上がれます。いや、厳密には「キケン!のぼらないでください」と立て看板が立っているので、上がっちゃいけないのでしょうが、それは史跡保護の為に入るなという意味でなく、うっかり転けて落ちたら危ないからダメよ、という意味の様です。現にみんな登っているみたいで、斜面にいくつか階段状になった部分がありました。
   そこで自分も登ってみたのですが、斜面は結構急で登りはともかく、下りで足滑らせて落ちたら危ない感じでした。しかし、小高い円墳部からの眺めはなかなかなもので、大昔、田んぼしかなかった頃は辺り一面が見晴らせたんだろうな、と感じました。
   この古墳の凄いところは、立派な石室が残っていただけでなく、その石室から排水する排水溝が今も機能している事です。千年以上経っても使える知恵というか技術を持ってた古代人ってのは凄いなー、と感じました。

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物集女車塚古墳
パッと目にもデカイ古墳ですが、間近に見れるのが良いです

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解説板
(字が細かいので大きめの画像で載せました)

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円墳部から方墳を眺めた図
高さは3階建てくらいで、結構高いです

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親父の後ろのコンクリの部分が周濠のあった所

20130822_144141
石室はこんな感じで出入り出来る様になっていますが
普段は中に入れません

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石室と石棺の解説板

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これが排水溝
石でキッチリ組まれています



■長岡宮大極殿跡
   次に向かったのが、長岡京の大極殿跡。物集女車塚古墳からは車で約10分くらいのところですが、最初、親父が「ここだ」と言った場所は、どうみてもタダの公園でした。まぁ、史跡が公園化されている所は多いのですが、流石にブランコとかが置いてあったりする所はないので、Googleマップで調べてみたら、その公園の裏手にちゃんと整備された大極殿跡がありました。
   大極殿跡といっても、長岡京から平安京に移った時、建物などは全部平安京に移築したとの事で、かつ長岡京が放棄されたあと、大極殿跡も農地になってしまったとかで、その大極殿跡は長い間、位置が特定されてませんでした。発掘調査の結果、ここが大極殿跡と特定された訳ですが、もともと農地だった事もあって今は宅地のど真ん中で、大極殿跡に行く道も細いコチャコチャしたのしかなく、観光地化は難しい様です。

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大極殿跡
跡と言われても、建物が復元されている訳ではないので
ちょっとイメージしづらかったです

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後殿(小安殿)跡
帝が政務中に休憩する場所
今は公園化されていて、球技とかしない様に注意書きがありました

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大極殿公園解説板

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長岡宮大極殿はこんな感じだったそうです


   たった10年くらいしか都が置かれなかったといえ、それでも都が置かれてた事は郷土の誇りであったらしく(自分も誇りに思ってますがw)、明治の頃にデカイ石碑が建てられたそうです。また、今上天皇皇后両陛下も行幸されたとか。

20130822_150742
真ん中の石碑は明治28年建立
左の灰色の碑は
平成22年に天皇皇后両陛下が行幸された記念碑

20130822_150310
長岡宮跡 大極殿・後殿(小安殿)地区解説板

20130822_150322
国指定史跡 長岡宮跡解説板

20130822_150327
史跡長岡宮跡 大極殿解説板


   自分は実家を出る18歳まで長岡京市に住んでいたのですが、長岡京の大極殿跡を見るのは実は今回が初めてでした。まぁ、昔はフィールドワーク的なものに大して興味を持ってなかったというのもあるのですが(その癖、歴史は得意科目だった)、近場の地元って事もあってあまり行こうと思わなかったのです。東京に住んでると東京タワーやスカイツリーに行こうとあまり思わないのと同じ様なもんです。なので、今回はプチツアーながら、地元の誇り?を見る良い機会になりました。

20130822_150257
こんな感じで長岡京があったよ、の図(南が上)
長岡宮大極殿の近くには、結構古墳がある様です
機会をみて第二次作戦を組みたいものです






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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2013年08月20日

   去年の夏から始めた古墳ツアー。自分の実家がある京都(といってもちょっと南の方)は、それ自体が歴史のある街であるだけでなく、奈良にも大阪にも古墳だの史跡だの遺跡だのが豊富は土地柄です。その様な訳で、せっかく帰省するからには、今回もどっか出かけるつもりをしていたのですが、新幹線に乗ってからもどこに行くか全然決めていませんでした。まぁ、事前にしっかり下調べして行った方が良いには違いないのですが、行き当たりばったりの旅もそれはそれで結構楽しい。
 で、どうするかなーと、ぼーっと考えていたら、電光掲示のニュースに「キトラ古墳の石室を一般公開」というのが目に飛び込んできました。そこで、iPhoneで色々調べてみたら、キトラ古墳は奈良県明日香村にある事が判明(それまで名前は知っていたが、場所は知らんかった)。そして明日香村には高松塚古墳(行った事ない)や石舞台古墳(2回行った事ある)もある事が判明。そこで今回の古墳ツアーは明日香村に行く事にしました。

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今回見て回った範囲(赤の網掛けの部分)
明日香村の見所の半分も見てません



■作戦計画
   行き当たりばったりだけに、予備知識は全くない状態でしたが、世の中便利になったもんで、iPhoneがあればドコに何があるかくらいは判ります。参考にしたのは、国営飛鳥歴史公園のサイト。このサイトによると、目的地である明日香村は、JR京都駅から近鉄に乗り換え、55分特急に乗って橿原神宮駅まで行き、さらに5分鈍行に乗って飛鳥駅まで行く様に案内が書いてありました。また、現地では自転車を借りて移動の手段としたり、コミュニティバス(かめバス)も出ている事が判りました。
   という訳で、0800時に実家を出発。JR京都駅で近鉄特急に乗り換え、特急券を買うのを忘れて車内で車掌さんから買った(駅で特急券を買うと指定席になるが、車内で買うと「空いてるとこに座って下さい」になるw)以外は問題なく橿原神宮駅に0937時到着。ところが、ここで問題発生。橿原神宮駅から飛鳥駅に向かう吉野線は、鈍行が1時間に2本しか電車が出ておらず、次に電車が来るのは50分後!暑い駅のホームで待ちぼうけするには、結構ツラい話しです。(後日、時刻表を調べたところ、0946時に特急が来て、この特急は吉野駅にも停まる事が判りました)
   そこで考えたのは、橿原神宮駅から出発して高松塚→キトラと移動する作戦。歩きではかなり大変そうなので、自転車を借りて移動し、もし余裕があれば石舞台方面にも足を伸ばす、というもの。そこで、駅前にあった如何にも「田舎の貸し自転車屋さん」に入り、自転車を借りました。

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今回自転車を借りたお店
店内には古いカメラが沢山あって、それはそれで見学したかったです
実はレンタルサイクルはもっと大きい店が他にも沢山ありますw


■銅鏡つくり
   さて、借りた自転車をキコキコ漕ぎながら、取りあえず店のおじさんが教えてくれた様に神武天皇陵方面に向かった訳ですが、自分が向かいたい明日香村方面とは正反対なので直ちに反転。第一の目標である国営飛鳥歴史公園館を目指しました。天候はこれ以上ない晴れ。気温は恐らく37度くらい。東京よりも2〜3度高い様に感じました。タダでさえ暑いところへ来て、自転車を漕ぐ訳ですからたちどころに汗だく。ちょっとした坂道でも息が上がってしまい、降りて自転車を押して歩く始末。歩くよりは楽と思った訳ですが、歩くよりは早いだけであってシンドイ事には変わりない。その様な訳で、国営飛鳥歴史公園館にたどり着いた時には、相当出来上がった状態になっていました。ともかくクーラーの効いた館内に突入してクールダウン。冷茶など頂いて汗引かせました。
   落ち着いたところで展示物などを見て回ったのですが、当初予想してた博物館然とした感じではなくて、むしろ休憩所に展示物がある様なこじんまりした感じでした。もっと落ち着いて休みたかったので、他に何かないかと探してたら、「鏡つくり体験」ってのを発見。前々からやってみたいと思っていたので、休憩がてらやってみる事にしました。
   やり方は、カセットコンロで溶かした錫とアマルガムの合金を耐熱ゴム製の鋳型に流し込み、冷えたら型から外して鏡面をサンドペーパーで研磨して、最後にピカールで磨くというもの。鋳型に合金を流し込む時は、素早く途切れない様に丁寧に流し込むのが大事。7分ほどして冷えたら、今度はサンドペーパーを掛けるのですが、これが結構大変。400番くらいの粗目の物をひたすら「の」の字を書く様に掛けまくり、次に1000番くらいの耐水ペーパーで水を漬けながら磨いて行きます。30分ほどしてピカールで磨くと、顔が写る程度にキレイに磨けました。
   実はサンドペーパー掛けてる間も、ぼたぼた汗をかいていたのですが、昔からこの手の削ったり磨いたりする作業が好きなので、没頭して作業してました。お陰で前からやりたかった銅鏡つくりが出来て、思いもよらぬ収穫が出来ました。

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国営飛鳥歴史公園館
霧っぽく見えるのはミストシャワーです
冷茶のサービスやってました

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2階会議室で銅鏡作り
左に見える茶色のが鋳型。耐熱ゴム製です

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鋳型から取り出したばかりの鏡
サンドペーパーとピカールで鏡面を磨きます
(係の子から「凄い!」と言われる出来映えでしたw)


■高松塚古墳
   歴史公園館の外の自販機で水分補給をしたあと、後ろ髪を惹かれつつ次の目標である高松塚古墳へ。自転車に乗ろうとしたら、炎熱でサドルが焼ける様に暑くなっていて、ケツが慣れるまでしかめ面をしながら自転車を漕ぐハメに。
   高松塚古墳は飛鳥歴史公園館から自転車で大体10分くらいの位置にあります。高松塚古墳に向かう前に、中尾山古墳を見学。駐輪場に自転車を置いて、小高い丘を登って行くとこじんまりした古墳が見えます。もとは八角墳らしいですが、ぱっと見た目は円墳に見えました。
   次は石室内の壁画で有名な高松塚古墳。実は今回が初めてです。壁画は写真などで良く知ってましたが、古墳自体はどんな形してるか分りませんでした。てっきり前方後円墳かと思っていたら(遠目にはその様に見える)。実は円墳だそうです。意外にこじんまりした佇まいで、周囲を柵に従ってグルっと見て回って終わり。古墳の上で封土の芝生の養生用かスプリンクラーが回ってました。
 古墳の見学もそこそこ、クールダウンの為に高松塚壁画館に突入。猛烈に空調が効かせてあって涼しかったです。ここに展示されているのは、複製品ばかりですが(歴史公園館で作った海獣葡萄鏡のレプリカも展示してある)、感心したのは石室の実物大模型(盗掘の穴から石室内を見れる様になっている)。結構デカい石をふんだんに使っているんだなー、と思いました。

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中尾山古墳
解説板を読むまで円墳だと思ってましたw

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石室にはデカイ石が使われていた様です

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高松塚古墳
実は見るのは今回が初めて

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壁画は超有名ですが、どんな形の古墳かは
今回行くまで知りませんでした


■キトラ古墳で大失敗
   さて、今回明日香村行きを決断させたキトラ古墳を目指す事にしました。サイクリング道を出てひたすら国道169号線を南下したのですが、道中は緩やかな上り坂。しかも猛烈な暑さで、自転車を漕ぐのが難儀で押して歩いたのですが、少々前屈みになるせいか、普通に歩いているよりも疲れる。猛烈に疲れる。しかも高松塚古墳の周辺みたいに観光地化されてないのか、コンビニはおろか自販機さえも見あたらない。ゼーゼー口で息するせいか、気管というか気道がひりついて痛くなる。しかもキトラ古墳の位置を見誤り、20分ほど迷子になってしまい、いよいよ熱中症っぽくなってしまいました。
   ようやくキトラ古墳への入り口を見つけ行ってみると、古墳の周りには柵だの覆いだのがしてあって全然見れない。フェンスに「ここはキトラ古墳です」という小さい看板が付いているからそうと判るだけで、ぱっと見た目には資材置き場くらいにしか見えない。建物があるから行ってみると、「キトラ古墳仮設保護覆屋」と看板が掲げてあって、中には入れない。自販機はなく、木の切り株を並べたビーチパラソルが一つあるだけ。補給も休養もまったく出来ない状態で、辛うじて林の木陰で休むのが精一杯。
   キトラ古墳は石室内の壁画の劣化が進んでいるとかで、それらを取り出して埋め戻す作業の真っ最中で、外部からもまったく見えない状態になっていたのでした。そうした情報は十分出回っていて、事前にしっかり調べておけば、こうしたドジも踏まずに済んだのですが、「行けば見れるだろう」的な発想で行動発起したお陰で、えらい空振りをふる事になりました。こんな事なら、キトラ方面に向かわず石舞台方面に行けば良かったのですが、後悔遅し、この時点で気力体力の大半を使い果たしていました。
   ともかく水分補給とクールダウンが必要、という事で、一旦飛鳥駅方面に撤退。行きは登りだったので、当然帰りは下りで自転車漕がなくても進むので楽でした。撤退後、直ちにコンビニでクールダウン。丁度昼時だったので何か食べたかったのですが、珍しい物探す元気もなく、ソフトクリームやアイスクリームだけで済まし、気力を回復させました。

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今回借りた自転車。サドルが半分外れかけw
どこまでも続くダラダラ坂を押して歩いて、体力消耗

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キトラ古墳仮設保護覆屋
古墳の周りは覆いがしてあって、全く見れませんでした

20130820_125530
解説板
ヘロヘロに疲れて、写真が傾いてます



■欽明天皇陵
   ソフトクリーム食べながら考えたのは、「まずは橿原神宮まで自転車返しにいって、かめバスで石舞台方面を目指す」という事ですが、橿原神宮まで戻るのも大抵難儀な話しです。かつ、かめバスの運行状態もよく判らないので、下手をすれば何も出来ないまま終わってしまう可能性も大です。そこで、橿原神宮まで戻る道すがら、その近辺の史跡を見て帰る事にしました。そこで、飛鳥駅の側にある猿石と欽明天皇陵を見て帰る事にしました。
   この二つの史跡は、国道169号線から少し引っ込んだ所にあるのですが、大きな通りを外れると畑や農家といった田舎の風景の中に史跡がある、という感じです。おそらく昔はざっくばらんに在ったのでしょうが、今は貴重な観光資源らしく、きっちり整備されています。猿石(吉備姫王墓)も欽明天皇陵も宮内庁管理で中には入れず、外から眺めるだけでしたが、なかなか奇麗な光景でした。

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吉備姫王墓。宮内庁管理
中には入れません

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案内板
延喜式の記述に基づいて特定されたそうです

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王墓の中にある石像
こちらは門の左側の2体

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こちらは門の右側の2体
一応、人を象ってるらしいのですが
猿にしか見えんから「猿石」と呼ばれるんでしょうねw

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欽明天皇陵。宮内庁管理
もちろん中には入れません

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傍目には判りにくいですが
結構大きめの前方後円墳だそうです


■鬼の雪隠・鬼の俎
   欽明天皇陵では日陰がまったくなかったのですが、飛鳥駅で大休止取ったお陰か、まだまだ頑張れそうでしたので、亀石方面に向かう事にしました。その途中には、鬼の雪隠・鬼の俎なる史跡があるとの事なので、ついでにそれを見ていこうという訳です。
   キトラ古墳の方はまだ調査中という事もあって、公園らしい物は何もなかったのですが、飛鳥駅から橿原神宮駅の間は歴史公園としてかなり整備されている様で、遊歩道もサイクリング道も細かく整備されていました。そして、橿原神宮駅では気が付かなかったのですが、レンタルサイクルも飛鳥駅を中心にかなり大規模な店がある様で、方々でレンタルサイクルに乗った人と行き交う様になりました。
   さて、気候が良ければ間違いなく気持ちいいであろうサイクリング道をダラダラと走っていくと、ようやく鬼の雪隠に辿り着きました。こちらも宮内庁管理下にあって、岩の上に登ったりする事は出来ません。行く前はタダのデカイ岩だと思ってたのですが、行ってみるとデカイ岩を掘削した石室であるとの事。しかし、何でこんな所に、しかもひっくり返った状態で「落ちている」のか不思議なもんでした。
   鬼の俎は、雪隠から少し離れた高台の方にあり、こちらは石室の床にあたるとの事。つまり、この位置にもともと古墳があったという事です。鬼の雪隠は大昔は俎の上に載っていた訳です。こちらも宮内庁管理下で、中には入る事が出来ませんでした。

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鬼の雪隠
こんな大きな石に正確な掘削が行われてるのに驚きました

20130820_141708
鬼の雪隠の解説板

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こちらは鬼の俎
この上に雪隠が載ってた訳ですが
重機のない時代に大変な技術があったもんです

20130820_142149
これまで古墳は盛り土がメインと思ってましたが
巨石文化としての石室の方が面白い様に感じてきましたw


■亀石
   今回の最終目的地である亀石付近に辿り着いた時には、もう息は上がりまくりでとにかくコンビニに入って休憩しない事にはヤバげな感じになっていました。キトラ方面と違い、この先には石舞台古墳などもあって観光地化が強化されているらしく、この辺りは道路が立派に整備され休憩も出来るコンビニもありました。これ幸いにクールダウン。Googleマップでは亀石はホンの目と鼻の先にある事を示してますし、この後にミッションはありませんから、十分休憩しました。
   ようやくやる気が出て来たので、亀石を見に行った訳ですが、確かに立派なデカイ石であるには違いないのですが、鬼の雪隠・鬼の俎を見た後では、ちょっと見劣りを感じない訳には行きませんでした。何せあちらは結構精緻に人の手が入っていますが、こちらはボンとそこにあるだけなので、まぁそう感じるのも仕方なかったかも。とはいえ、大昔の人がどこからこんなデカイ石を、どうやって運んできたのか興味がそそられるものがありました。
   今回のミッションはこれにて終了。出来れば石舞台古墳も見たいところですが、地図に示された等高線の幅の狭さを見ると、とてもじゃないがこれから自転車押して歩く気にはなれない。そこで素直に撤収。こちらも行きは登りだったので帰りは下り。岡寺駅から橿原神宮駅までの169号線は若干登りになるのでしんどかったですが、それでも無事に1500時に橿原神宮駅に到着。自転車を店に返納し、帰りも特急で(今度はちゃんと駅で特急券買った)涼んで楽して帰りました。

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亀石
といっても、カメの形をしてる訳ではありません

20130820_144740
仮に標石であったとしても
こんなデカイ石を運んでこれるところに
古代の明日香パワーを感じましたw


■感想・まとめ
   今回のミッションは、それこそ新幹線の中の思いつきで発起したもので、何の下調べも準備もなしに決行したのですが、明日香村自体が歴史公園化されているといって良いほどよく整備されていたお陰で、熱中症や脱水症状などにならずに済みました。もっとも、公園化されてないキトラ古墳方面は、文字通り「田舎の村」で自販機さえなくてエライ目に遭ったのですが、そうした事含め、今回は「思いつきの行き当たりばったり」の旅を楽しむ事が出来ました。
   今回は初めてレンタルサイクルを活用したのですが、押して歩く場面が多くて大いにアゴが出る事にはなりましたが、自由度と機動性においては大いに役立つものである事が判りました。今回借りたお店は小さいお店で、そのお店に自転車を返しに行かねばなりませんでしたが(まぁ、当たり前なのですが)、飛鳥駅周辺の大きいレンタルサイクルでは、追加料金を出せば出先で乗り捨ても可能ですので、第二次作戦時には是非とも活用したいです。
   明日香村は、近鉄沿線から石舞台方面に向けて傾斜が高くなる地形となっているのですが、自転車を活用したとしてもこの坂を登っていくのはかなり大変であると思います。むしろ、かめバスなどを活用して石舞台古墳まで行き、そこから自転車を借りて下ってくる作戦が楽ではないかな、と思いました。
   今回は古墳ツアーと言いながら、どちらかと言えばメンヒル系の巨石史跡の方が興味深く感じました。古墳にしても石室にはデカイ石が使われていて、石岡染谷作戦の時に見た古墳の石室の石が比較的小さかった事、それでも現地にはなくて余所から運んだものである事と対比して、明日香村近辺にはデカイ石が取れる産地があるのか、それともヤマト王権の権力のデカさ故なのか、色々興味深く感じました。明日香村には他にもメンヒル系の史跡がまだありますので、是非とも第二次作戦を組みたいものです。

20130820_141247
サイクリング好きにはたまらない光景じゃないでしょうかw
明日香村には、こうしたサイクリング道がアチコチにあるそうです






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tanisi_corp at 20:00コメント(0)
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