軍隊調理法に紹介されているカレー汁が、その実、全然美味くなくて、これでは今日の様な国民食の地位を勝ち得ない、と考えた事から始まったカレー汁シリーズ。大体の見当が立ってきたのですが、今回はもう少し掘り下げて、研究してみました。
■ルウ
今回もルウはエスビーのカレー粉缶のレシピに準拠しました。ただし、より正確さを出すために、「大さじ○杯」と書かれているのをグラムに換算しました。その結果、5皿分でラードが60gだと結構量が多いな、と感じましたが、むしろこのくらい無いと「ラードを煮立てる」と言うのは無理なので、加減せずに使う事にしました。
ルウを作る順序は、まずラードを煮立てるところからですが、これだけの量があると文字通り煮立てる事が出来ます。その煮立ったラードに小麦粉を入れてキツネ色になるまで炒める訳ですが、ラード60gに対して小麦粉は36gですから、小麦粉がダマにならずむしろ液状になる感じでした。キツネ色になったらカレー粉12gを混ぜ込みますが、いい感じにペースト状になりました。
これまで作ってきた油粉捏は、ダマになったり硬かったりと、いざ煮汁で伸ばそうにも、なかなか伸びてくれなかったのですが、この程度のペーストなら伸ばし易そうです。
ラード60g、カレー粉12g、小麦粉36g
一応、中辛のルウの材料です
煮立てたラードに小麦粉イン、小麦粉も煮立つ様な感じです
焦げない様にかき混ぜて、キツネ色にします
カレー粉を投入して混ぜます
いい感じのペースト状になりました
■なぜ灰汁を取らないのか
具材の料理の仕方は、これまでと同様、軍隊調理法に基づくやり方で、先に少々の玉ねぎと肉を炒め、水を足して、人参、じゃがいも、玉ねぎの順で煮立てていきます。ここで前から気になっていたのですが、肉を煮ると大抵は灰汁が出るのですが、軍隊調理法では灰汁を取ると言うアクションがありません。これはカレー汁に限った事ではなく、ほとんどの料理で灰汁が出そうな料理でも灰汁をとると言う事がありません。つまり、灰汁の入ったまま仕上げてしまうのですが、昔の料理は総じてそうだったのか、軍隊だけでそうだったのか、謎な所です。
少々の玉ねぎと肉の空炒りが済んだら水を足します
今回は飯盒の上と下の水量線の間くらいまでの水を使いました
灰汁が出るので、一応取りましたが
軍隊調理法では取れと書かれていません
■デミグラスソース
さて、具材の料理が終わったら、今度は油粉捏その他でカレーに仕上げていきます。まずは先に作ったルウに煮汁を入れて溶きます。いつも思うのですが、熱々の煮汁を入れても、ルウがなかなか溶けてくれない事があるのですが、ちょっと煮立てても良いかもしれません。ちょっと多めに煮汁を入れて、ちょっと煮立ててから具材の方に入れた方が、仕事がし易そうです。
次に前回使ったチャツネを投入。残しても仕方ないので、全部投入しました。しかし、この時点では味の方に対した変化は見られません。
さて、次に今回の真打、ハインツのデミグラスソースを投入。これでグッと味が良くなる(と言うか今風)になるはずでした。とりあえず、スプーン1杯入れてみたのですが、味に変化なし。そこで缶の半分ほどを入れてみたのですが、やはり大した事ない。そこで思いきって全部入れてみたら、味が薄くなって、辛味もほぼ消し飛ぶ感じ。全然ダメダメです。
今回はルウに波なみと煮汁を入れました
まずはチャツネを全量投入
しかし、色目も味も大した変化なしです
期待のデミグラスソースを使うも
返って味が薄くなる結果に、、大失敗
■結局ソース
いい味になるどこか、全く味も辛味もなくなってしまい、これではカレーなのかシチューなのかも分からん状態で食えたもんじゃありません。そこで、結局ソースで味付け。さらには残ったカレー粉も投入し、如何にかこうにかカレーらしく味を付けなおしました。ちなみに、ケチャップがほんのちょっと残っていたので、これも使ってみたのですが、デミグラスソースよりも、よっぽどカレーらしい味を作る事が出来ました。
前に何かの番組で、自衛隊がカレーにケチャップをドバドバ入れてたのを見たのですが、それを見た時は「よりにもよってケチャップかー」と思ったのですが、入れるにはそれなりの理由があったと言うのが、今回の件で理解出来ました。
味が無くなったので、ソースで味付け
ウスターよりトンカツの方が向いてそうです
さらにはカレー粉も投入
別にラードと小麦粉で捏ねなくても使えました
■結び
三度めにして上手い事行くかと思ったら、まさかの大失敗。しかしまぁ、結局は食べれるカレーに出来た事は幸いでした。
この取り組みを通じて感じた事は、原初のカレー汁はただ単にカレー粉の香りしかしなかったのを、先人たちがあれこれ試行錯誤して、色んなものを混ぜて、今のカレーにした、と言う事でした。また、昔の人がカレーにソースだの醤油だのを掛けて食べてたのも、ぶっちゃけ味が薄かったからだろうと思います。
さらにこの取り組みを続けても良いのですが、嫁さんからいい加減にしてくれと言われてるのと、どう頑張っても「車輪の再発明」にしかならない事、そしてもはや軍隊調理法の再現でもなければ飯盒も使わない事から、この辺りで打ち止めにしようと思います。
コメント
コメント一覧
軍隊のみならず、数多くの「食堂」「レストラン」で賞味されてきました。
ソース等で更に調味する必要があるのだとしても、その味で国民食の地位を勝ち得たという歴史的事実があります。
たとえそれがインド人から
「東京のカレー・ライス、うまいのないナ。油が悪くてウドン粉ばかりで、胸ムカムカする。〜略〜カラければカレーと思つてゐるらしいの大變間違ひ。〜略〜安いカレー・ライスはバタアを使はないでしョ、だからマヅくて食へない」
などと評されたとしても。
また、旧日本軍では飯盒でカレーを調理することなどほとんどありませんでした。
各々でルー(油粉捏)をつくり、かつトロミがでるように延ばしながら混合することが不可能だからです。
油粉捏をちゃんと機能させるには、ある程度まとまった分量が必要であり、
かつ、少しずつ煮汁を加え、気長に溶きのばしてトロミがでてるのを確認しつつ混合してやる必要があります。
飯盒でカレーが作れるようになるのは、戦後、固形ルーやレトルトカレーが普及してからのことです。
そもそも旧軍では飯盒での炊事は推奨されておらず、やるとしても平釜がない、使えないなどやむを得ない場合であり(そもそも飯盒は直接調理するのに向いた形状ではなく、弁当箱として使うのが本来の姿です)
副食にしても失敗の少ない火を通すだけでいい汁物(味噌汁、醤油汁、塩汁など)が推奨されていました。
カレーライス(もしくはライスカレー)の歴史については、多くの方が調べられてるのですが
確実に言えるのは、ジャパンライズされたインド料理だって事ですね。
まぁ、寿司も海外いけば日本人じゃ考えつかないものになってますしねw
飯盒云々については、自分も承知しておるところですが、
一応は飯盒協会の名乗ってる関係で、飯盒使ったまでで、ぶっちゃけフライパンでも使った方が楽です。
というか、最近では飯盒でおかず作る事よりも、美味い飯を、
いつでもどこでも炊ける事の方に注力しております。
まぁ、他の飯盒使いの人に比べると、かなり地味なんではありますが、
本当にうまいコメの飯には、おかずなど質素なものでも十分どころか、
猛烈にうまうまと食ってしまうので、これこそ飯盒道の真のあり方ではないか、と自負しております。