2018年07月30日

『炊飯の科学』読了 − ある時代精神

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 毎晩、飯盒でメシを炊いているうちに、「美味い飯とそうでない飯の違いは何なのか」という事に興味が向いた。安い電気炊飯器で炊いた飯と、焚き火で飯盒で炊いた飯の、その味は格段に違うのであるが、何がどう違うのか、その部分を学問的に知りたくなったのだ。といっても、飯炊きについて科学してる本というのは少ない。学術論文は探せば出てくるのであろうが、おそらく読む気にならないだろう。そこでたまたまネットで見つけた大塚力『食における日本の近代化』という論文の中に、川島四郎『炊飯の科学』から多数引用されているのを見て、ぜひ、この本を読んでみたいと興味を駆られた。
 この『炊飯の科学』は、1974年に光生館という出版社から出された150ページの本で、当時の価格で1000円(消費税は導入前)だったのであるが、もちろん絶版本である。古本を探したが、Amazonで5,000〜20,000円と高値がついている。買うかどうするか相当に迷ったのであるが、どうしても読みたい本は読める時に読んでおかないと絶対に後悔する。なので、大枚4,257円を払って買う事にした。
 その内容については、別の機会に述べる事にするが、読んでみた感想は、4,000円以上も出しただけの価値は十分にあった。自分の知りたい事はすべて書いてあったし、程度の高低はあるが、川島博士と自分が着目したり、試したりした事は、同一線上にある事もうれしかった。しかし、面白かったのはそれだけではなかった。この本が書かれた時代精神も、少し垣間みれた気がするからだ。
 自分が、おや?と気を引かれたのは、やたらと<うまい飯を炊く工夫をしないズボラな主婦>を叩いている場面である。この主婦叩きは、この本の第二のテーマではないか、と思えるくらい出てくる。たとえば、こうである。

 「幸にこの簡易な電気炊飯器ができてから、パンの進出を阻むのに貢献するところ大なるものがあった。しかし、必ずしも良い面ばかりでなく、余りにも機械的 で、調理の上に自分の意思を働かせ、調節する余地が少ないために、主婦たちは<本当にうまい飯>をたくという研究心と工夫を失わしめ、いわゆる<お座なり 飯=うまくない飯>に満足するようになったことは功罪中の罪として遺憾であった」(p9)
 「これは主婦たちが、飯の風味のよしあしよりも、むしろ省力化してレジャアを楽しむ点から、つまりこれには東北産の米が電気炊飯器に向くかららしいのである」(p55)
 「主婦の省力のためには合適であるが、しかしこのために主婦は炊飯に関しては安易な気持になりきり、<真にうまい飯>を炊こうとする意欲と工夫とを失い、お座なりの飯しか炊かなくなったことは遺憾である」(p127)

 こんな具合で、そこここに出てくる。あげくには、「それが欧米文化思想のはき違えから、レジャーをもとめ、遊ぶことが楽しみとなった」(p146)と、第15章の「米の消費が減ってきた原因」の7つの原因の末尾に付け加えられるほどである。こんな事を今の時代に書けば、女性陣からの猛反発を受ける事は想像に難くない。実際に、この項を嫁に読み聞かせたら、猛烈に怒りだし、「このジジイはミソジニストのレイシストだ」と言い立てたのである。しかし、叩くというか、見下した書き方は他にもある。

 「とも角、日本民族は世界でも有数の米食人種であり、しかも唯一の主食であるのだから、当時の低い文化ながらも、すこしでもうまく食べよう、おいしく食べようとして、ひまにまかせていろいろ工夫したのだろう」(p3)
 「アジアには米食民族はいろいろあるが、米自体の性質も違うし、舌の味覚感度にも差があるし、脳味噌のできにも上下があって、それぞれに炊飯法が違っている」(p14)

 今の学者であれば、過去の文明未発達の時代を「低い」とは表現しないであろうし、先進国の国民が後進国の国民の考え方や学力を「下に見る」様な書き方をしないであろう。


 「しかし学校側では「パンなら電話一本で、パン屋がさっとパンを納めに来て、何ら手間もヒマもかからず、よろず楽なのに、飯は炊くのが面倒、水加減・火加減が面倒、分配も、皿・小鉢の洗うのも面倒、食器の熱気殺菌も面倒」というわけで、結局<学童不在・面倒先行>の形である。後にゲバ棒をふり廻す下地はこれより始まる」(p24)

 これに至っては、ほとんど言いがかりではないか、と思うのであるが、この本が書かれた時代は、猛烈を極めた学生運動の余塵が燻っていた時代で、この頃に書かれた本には、大抵この手の話しが出てくるのだ。
 川島博士は、決して女性蔑視ではなかったろうし、古代の先人たちの苦労や後進国の住民を見下したりもしてないかったろう(それが証拠に、死ぬ直前までアフリカに出向いて、現地の住民と同じものを食べたりしている)。にも関わらず、こうした表現をし、かつそれが世に出たのは、それが「当たり前の世の中」だったからである。昔の人は、善し悪し以前に何事も素直に言い合う人々だったのだ。
 それが45年経って、世の中は大きく様変わりし、専業主婦というのがほぼ成立しなくなって夫婦共働きが当たり前になり、亭主も家事を手伝わねば文句を言われる様になる世の中になった。言葉遣いにしても、相手の機嫌を損ねる様な言い方は「〜〜ハラ」と言われる様になり、著名人がうっかり本音を喋ったら、経ちどころにネットに広まって袋だたきにされる世の中になった。
 たった45年、半世紀にも満たない間に、1974年の本は史書レベルになるほど、世の中が変わったのだ。それを、現代の目線で読んだのでは、確かに川島四郎博士はミソジニストのレイシストのジジイという事になってしまう。それが書かれた時代背景や時代精神に寄り添って読まねば、どうしてそういう書き方をしたのかも理解できないのである。言い換えれば、こうした素直な文章は、ポンペイの酒場の落書きや古代メソポタミアの粘土板に書かれた恨み言と同じ、その時代の精神を読み解く貴重な史料である。
 そんなつもりでこの本を買ったのではないが、奇しくもタイムカプセルを開いた様な気持ちになった。ちなみに、家内は川島博士が明治28年生まれと知って、やっと何か納得した様である。



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コメント一覧

1. Posted by 怠惰な親父になってしまいましたが   2018年12月30日 00:20
4 80年代に桜美林大に在籍していたので
川島先生には何度かお会いしたことが有ります ...
常にいりこ(煮干の類)や松の実などのナッツ類を携行されていて
「小腹が空いた時にはこういうのがいいんだよ」などと云われていたのを懐かしく思い出しました
2. Posted by たにし   2018年12月30日 18:31
怠惰な親父さん、初めまして〜。

実際にお会いになったとは、羨ましい!
自分は川島博士が活躍されてた時代は、小中生で、
もしかしたらイラスト入りの本くらいは見た事があるかしれませんが、
その人として認識して読んだ事はなかったのではないかと思います。
是非とも、チューイング昆布の話しをお聞きしたかったw

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